俺と、甘いキスを。

「ちょっと、川畑さん」

事務長に声をかけられたのは、終業時刻の三十分ほど前のことだった。
事務所を出た廊下で、私は首を傾げた。
「事務長、私は何か大変な失敗をしたんでしょうか」
少しの不安を胸に質問をしてみると、彼は頬をポリポリと掻く。その顔は困惑している。

「僕は基本、社員のみんなが会社のためになる仕事をしてくれたら、それ以外のことは臨機応変に対応することでいいと思っているんだ。ただ、昼休みの食堂の君と右京くんのことを聞いてね、他の研究室から「二人はどういう関係なんだ」と声が上がってるんだ。僕はプライベートの君たちに口を出す気はないが、社員たちに何らかの影響があるなら、僕は君への対応を考えないといけない。無論、右京君にもね」

右京蒼士と私のことが、研究所内で思った以上に問題になっていることに驚いてしまった。

──やはり、彼の腕を振り切ってでも社食に行くべきではなかった。

今更、自分の行動を悔いても仕方がないことはわかっている。しかし、来月お見合いを控えている今は、騒ぎにしたくなかった。

私のお見合い相手は、オオトリ電機本社の社員だからだ。
それに、右京蒼士が関係していれば噂はすぐに兄の右京専務の耳に入る可能性がある。本社の社員たちもきっと知ることになるだろうし、お見合い相手の知るところとなるだろう。

私は事務長に深く頭を下げた。
「事務長、ご迷惑をかけ大変申し訳ありません。社員のみなさんにも誤解と不快な思いをさせてしまったことをお詫び致します。右京さんと私は不純な関係ではありません。ですが、会社の不利益になるのでしたら、罰を受けます」
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