俺と、甘いキスを。

事務長は「いやいや」と、首を横に振る。

「君が入社してからの仕事ぶりは、僕が一番よく知っているからね。いろいろ噂は聞いているけど、不器用なクセに一生懸命な人が、噂のような器用な小細工が出来るとは思えないんだよね」

私はそっと頭を上げて彼を見上げる。
彼は腕を組んで口をへの字にして、「ふぅ」と鼻でため息を吐いた。
「君に罰というものはないよ。強いて言うなら、しばらく右京くんのサポートに行くのを控えるくらいだね。彼は納得しないだろうけど、川畑さんの為だと言えば折れてくれるだろう」
そう言って、一歩を踏み出す。

「川畑さんの仕事は今まで通りだよ」と、私を宥めるような言葉を残して。


終業時刻の数分前に、ミーティングルームの片付けを頼まれた。ちなみが「私が行きましょうか」と言ってくれたが、
「気分転換になるから」
と、笑顔を貼り付けて二階に行った。

言われたミーティングルームCは、ホワイトボードに難しい言葉や記号が一面いっぱいに書かれたままで、長方形の大きなテーブルには給湯室で用意されたであろう、コーヒーメーカー専用の使い捨てのカップが数個置かれていた。
持ってきたお盆にカップを乗せ、水で濡らした布巾でテーブルを拭く。ホワイトボードをクリーナーで綺麗に消して、床はモップで簡単に掃除する。
空調と電気を消して終了だ。

小綺麗になった部屋を見渡す。
脳裏には、顔を出す度に少しずつ掃除をしていた右京研究室を思い出す。初めて来たときより綺麗になったあの部屋も、行かなくなればまた元に戻っていくのだろうと思った。
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