俺と、甘いキスを。
「花っ!」
右京蒼士の、私を呼ぶ声がした。
体をグッと押さえられた衝撃はあったが痛みはない。一瞬何が起こったのか、わからなかった。無意識に閉じていた目を開いてみると、すぐ横に右京蒼士の顰めた顔があった。
「大丈夫か」
呟くように聞かれた彼に、私は「うん」と頷く。
彼の両腕にがっしりと抱きしめられていることに気づいて、足に力を入れて立とうとした。
「いっ…?!」
右足首に激痛が走る。
グラリと揺れた私の体を、彼の腕に再び力が入る。
「右足を痛めたかもしれない」
と、右京蒼士に聞こえるくらいの小声でポツリと言う。
そして、階段の上を見上げた。
頬を涙で濡らして、顔をクシャッと曲げてしゃくりあげて泣いている峰岸真里奈。そこから私たちは五段ほど下、右京蒼士が咄嗟に助けてくれたおかげで、私はほんの三段くらい下に落ちただけだった。
──彼がいなかったら、私はもっと下に落ちていたかも…。
階段下の踊り場を見つめて、背中をゾクリと震わせた。
ちょうどその時、その踊り場に白衣姿の男性が現れた。
柏原研究室室長の柏原慎一郎だ。「中年のオジサンだ」と言って無精髭を生やしていても、若い頃は相当なイケメンだった面影が残る整った顔は今も健在で、愛妻家で有名な二児のパパだ。
柏原慎一郎は、いつもの優しい目を丸くさせて、私たちを見上げた。
「なんか、すごい声がしたけど…何があったの」
と言いながら、床に落ちたお盆を拾い上げ散乱したコップを見渡す。
階段の途中で右京蒼士が私の体を支え、階段の上で泣き崩れた峰岸真里奈をじっと見た彼は、ポケットからスマホを取り出した。