俺と、甘いキスを。

私たちの目の前に、階段でここまでやって来たばかりらしい、峰岸真里奈が顔を赤くさせて驚いている。
小さな舌打ちをした右京蒼士だが、すぐに微笑みを浮かべて私の前に立った。
「峰岸さん、お疲れ様です。どうしましたか?」
人と接する時に使う、いつもと変わらない彼に、真里奈は体を震わせて泣きそうな声を出した。

「う、右京さんが研究室にいないようだから、どこにいるか知らないかって聞かれたので探していました。右京さん、また川畑さんに脅されたんですか?今のは、仕方なく抱きしめたんですよね?二人は付き合ってないですよね?」

右京蒼士の後ろからチラリと覗くと、峰岸真里奈の酷く歪んだ顔が見えた。あんなに念入りに目元のメイクをしているのに、それでも隠せないくらい瞳が凹んでいる。

彼は真里奈に向かって「付き合っていません」と答えた。
真里奈の上へ突き上がった両肩が、徐々に下がっていく。

「付き合っていません。ですが、彼女に脅されていたわけでもないです」

そのセリフに、真里奈の整えられた眉がぴくっと動く。
「自分から川畑さんを抱きしめたんですか?どうして?」

絞り出すような掠れた声の彼女に、右京蒼士は何も言わない。彼は私を促して、真里奈から守られるように私の肩を抱いて歩き出した。


私たちが階段を下り始めた時。

「…なんで、アンタなのよ」

後ろから、怒りに満ちた低い声がした。
私がビクッと震え、それに気づいた右京蒼士が後ろを向く。私も連られて振り向いた。

「っ!」

思ったより、彼女はすぐ近くの、私の後ろにいた。

「私はっ、右京さんの愛人になる覚悟があるくらい、右京さんを愛しているのにっ!アンタより何百倍も彼を愛しているのにっ!」

峰岸真里奈は悲鳴のような叫び声を上げて、両手でお盆を持つ私の両肩を突き飛ばした。

「…やっ」
私の小さな悲鳴と、宙に舞い上がるお盆やプラスチックのカップたち。
同時に、私の足も階段から浮く。
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