シンフォニー ~樹

その夏は、樹だけでなく、家族みんなが 辛かったと思う。

絵里加を手放す覚悟に みんなが 試行錯誤していた。


でも、父が言うように それは慣れだから。

少しずつ 慣れていくしかなかった。
 


お祖父様の計らいで 両家で食事をすることが増え、みんなが 健吾の家族にも 馴染んでいく。

健吾のお父さんは 二人の新居の設計に みんなの意見を求めた。


惜しみない援助と みんなの意見で、若い二人には 贅沢すぎる豪邸。

健吾も絵里加も、笑顔で みんなの意見を聞いている。
 


9月に入り、新居の建築が 始まる頃から 健吾は絵里加の家に 泊まるようになる。
 
「家なんかいらないから、このまま うちに住んでもらいたいよ。」

ある日、智くんが樹に言う。


健吾と 一緒にいる絵里加を 見る辛さよりも、絵里加が 見えなくなる方が 辛いと思うのは、みんな同じだった。
 

「完成したら、すぐそっちに住むの?」樹が聞くと、
 
「そうなるでしょう。せっかく 早めに建てたんだから。」

智くんは拗ねるように言う。
 

「でも、姫は 寂しがり屋だから。直々、帰って来ますよ、家に。」樹は言う。

智くんを 励ますことが 自分を勇気付ける。


智くんは、そこまで考えて 樹に 泣き言を 言っていたのかもしれない。


そう思ったとき 初めて、樹は 泣きたいと思った。

智くんの懐の深さに感動して。

今の自分の 不毛な思いを全部 話してしまいたいと思った。


そしてその時に また理解する。


絵里加が あんなに良い子なのは 智くんが育てたからだと。
 


「樹、帰りに 打ちっ放しに行こうか。」

明るく言う智くんに合せて、

「スポーツで紛らわす、みたいな感じ?」


樹も笑顔で言った。
 
 


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