シンフォニー ~樹

「今度の土曜日に、絵里ちゃんが 振袖の記念写真撮るの。」

ようやく風が 涼しくなった頃、母は言う。

まだ成人式も済んでいない絵里加。
 

「へえ。あの京都まで行って 作った着物を着るの?」

女性4人で、はしゃいでいたことを思い出す。

あれから 1年ちょっとしか 経っていないのに。
 

「そうよ。とっても良く似合うの。絵里ちゃんが、家族写真を 撮りたいって言うんだけど。樹、大丈夫?」

絵里加らしい。最後の 家族写真になるだろう。
 

「俺も、たまには着物でも着るか。」

振袖姿の絵里加と並んで 紋付袴を着たら 新郎新婦に見えるだろうか。

ふとそんな思いが、胸をよぎる。
 

「持っていないくせに。」

呆れた顔の母に、お祖母様が笑う。
 


最近絵里加は、週末になると 健吾の家に泊まるらしい。

健吾の両親は、そんな絵里加を ますます可愛がっているという。
 

「俺の 自慢の妹だからね。気に入られて当然だよ。」

樹が得意気に言うと、
 
「私だって、自慢の娘よ。あんな良い子 見たことないわ。」

と母も同意する。
 

「樹だって 良い子よ。お祖母ちゃんは 自慢だよ。」

お祖母様が 優しく言ってくれる。
 

「お祖母様だけだよ、そう言ってくれるのは。ありがとう。」

ほっと温かい気持ちになって、樹は素直に言う。
 

「樹も、良い子と出会えるといいね。」

お祖母様の言葉に、樹は 本気で泣きそうになる。
 

「やめてよ、またお母さんに 責められるから。」

樹は手を振りながら、部屋に逃げる。
 


もし 従兄妹じゃなかったら 絵里加は樹を選ぶだろうか。


何度も 繰り返した問いが、樹の胸に蘇る。

考えても 報われない問い。



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