港町 グラフィティー
一章…再び
5日前の夜 電話が鳴った。
梅雨にはまだ早いけれど、
暑くて畳から湿気が上がってきそうなそんな夜。
待ち焦がれていた電話が鳴った。

「もしもし…」
受話器が上手く握れていない。

「もしもし…俺 わかる?」
咳払いの後 涙がこみ上げるほど懐かしい甘く掠れた声。

「うん…わかる…ごめんね…電話してくれるなんて思ってなかったよ」
もう駄目だ…涙腺がイッキに緩んでいくのが自分では止められない。

「大丈夫かよ?手術受けるんだってな…ケイから聞いて 俺びっくりしちゃってさ。やばい状況なのか?」
あの頃と一緒だ…

TVに夢中になってる
孝夫の背中を 見張るように凝視しながら、 
ゆっくり自然に居間を出てキッチン椅子に腰掛けた。


「うん…平気だけど…あんまり平気じゃない…」
何言ってんだ私。

どうしても 逢いたい…聡に逢いたい……」どんどん涙声だ。 

孝夫は大好きな司会者のギャグに大きな声で笑っている。


「・・・・・・・・いいよ・・・手術は何時なんだ?」
数秒の無言の後 そう聞いてきた。

「6月4日…もう時間無いよね。」5月26日だった。

「31日なら…そっちに行ける」声を潜めて応える。

「それじゃ31日にしようぜ 俺仕事終わったら 京都までいくから 京都まで出てこいよ。」

「うん わかった。」

「JR京都駅の八条口に午後7時な…京都わかるだろ?」
私の頭には 京都駅の地図が既に浮かんでいる。
中学を出たばかりの頃 親に「家出するから!」と宣言して 数ヶ月前に修学旅行で行ったばかりの京都を目指し 年を誤魔化して
木屋町のスナックに潜り込んで4ヶ月ほど住んだ事があった。



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