春の雪。喪主する君と 二人だけの弔問客

マザーレイクの日記

『リーン』『リーン』『イ…ン』

「シオン。今日は なにがあった?」
「おまえの日記、はなせよ!」



夏休みも 終わりに近付くと、夕方には 、もう 秋虫の音が聞こえる。
その音を背景に、いつもの二人の呼び掛けがした。


1階の畳み敷に シオンが寝転がると、レンとルイが その両側に、ピトっとひっついてくる。
シオンの片腕は、レンの腕で ヒンヤリして、反対側の腕は ルイの腕で ほんわり温かい。
そして、サテン地みたいな 二人の腕の肌が、寄りかかってくる。

そうして、三人が頭を付き合わせて 覗くのは、シオンの日記帳だ。

縁側から、スイーっと 黄昏過ぎたの風が 三人の頭をなでた。



叔母が作ってくれる 夕御飯を、シオンは レンとルイに 挟まれながらこの日も食べた。
去年の夏までは、叔父さんの膝の上で 夕御飯を食べていたシオンだが、この夏は 二人の間が定位置になっている。

いつも 夕御飯を食べると、お風呂に入る。けれど、このお風呂も この夏から勝手が 違っている。
ずっと 三人で入っていたお風呂だだったのを、叔母さんとシオンで入るようになった。
シオンは3人姉妹だから、家だと

姉妹だけ入っている。
レンと、ルイと入る お風呂は楽しかったから、残念だけど、叔母と入るお風呂も ひと夏すればだんだん馴れる。


先に お風呂を終えた、レンとルイを追いかけ、畳み敷にシオンは この日も、日記を持って来た。

畳み敷は、和室なのだろうが、この叔母夫婦の家は、和室だらけで、畳み敷部屋以外にも 和室がある。
要するに、1階は、襖を外すと1つの大きな 空間になる。
リビングとキッチン、廊下は床張りだが、あとは畳。

リビングの 吹き抜け、 螺旋階段や、2階は 増築したものだ。
古いままの1階、応接室や、書斎、遊戯室、そして客間は、確かに、畳に絨毯を敷いて 家具が配置されていた。

そして、夕御飯は、いつも畳み敷の大座卓に、全員で正座して食べるのだ。

最初は、夕御飯だけで、足がとても痺れた。だから、叔父の膝を椅子に座るのは、シオンには 有難い。
それも、この夏休みからは、二人の間で夕御飯になったわけだ。



今、三人が 寝転がっているのは、唯一、畳みがそのままの部屋、先ほどまで夕御飯を食べていた畳み敷。

庭師が手入れした 庭が見える、網戸から 風を通して、レンとルイは お風呂で熱くなった体を、パンツだけ履いて 冷ましている。

そこに、シオンが やっぱり 風呂上がりの、シュミーズ姿で 合流する。

この夏、もう1つ増えたの出来事が 、日記を書く事。

シオンにとって、はじめて『夏休み』という 概念が やってきて、
『夏休みの日記という宿題』は、
叔母の家での、『風呂上がり行事』になった。

シュミーズ姿のシオンが来ると、
レンとルイがは 両側から 日記を覗いて、シオンの1日あった事を見ている。
出来上がると、その内容を レンとルイに読んで聞かせるのだ。

例えば、シオンの日記に、川で見た魚が出てくれば、二人が 魚の名前をシオンに教える。
水車が出てくると、その水車は、一番大きな水車だと、シオンの日記を 膨らませてくれるのだ。

日記を見ると、そのほとんどが 三人の水着の主人公だった。

でも それは 、
この辺りの子ども達の、当たり前の姿かもしれない。
海は無いが、ずっと身近に 琵琶湖があり、無数の支流が流れている。夏に見る子ども達は、皆、生まれた姿みたいな格好で 過ごしていた。

鮭と鱒に、きっちり違いはないという。
海から遡上するのが鮭とし、
川や池にいるのが鱒という。

ビワコマスは、
自然の砦に囲まれた
マザーレイクから
川を遡上をする。

夏が作り出す
子ども達の水の世界は、
陸の上より
ずっと、浸透するぐらい
日常だった。



夏が終わりに近付くと、
夕方の湖畔は、ある時間になるとぐっと寒くなる。

たまから、
毎年、まだ小さい三人は、シオンの日記を物語に いつの間にか、お互いを抱き締め合って 寝てしまう。

シオンは ヒンヤリする腕と、ほんわりする腕を 背中や、お腹に感じて 気持ちよくなる。

そうすると、意識の向こう側で、叔母が 丸まって 寝ている三人に、タオルケットを被せるのが わかって、

ゆっくり 虫の音を聞く。
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