春の雪。喪主する君と 二人だけの弔問客

答え合わせ

若き当主『三代目』の誕生は、
第一次世界大戦の開戦と時を同じくし、後に 先代当主時代では考えられない陶器品の生産を、要請される。
陶器による、軍用武器の数々。

そして 後世、幻の貨幣といわれる、陶器の貨幣『陶貨』である。

京都、愛知、佐賀の3箇所で製造された枚数1500万枚。
使用予定地は、日本国内だけではなく、驚くことに、当時の植民地である亜細亜地域への流用も範疇にあった。それは何を意味するのか。

しかし、流通することはなく、終戦と同じくして、即刻粉砕処分される。
大戦により、工業物質のみならず、食料品さえ不足の中、貨幣価値は皆無の状況。
大戦の終了後にあっては、物の交換のみ有効とされる国内となり、陶貨の存在は外聞されること無く、その存在は関係者の秘匿となる。まさに、幻の貨幣だった。



ダルマストーブの芯が、火で瀑ぜた。

シオンは、『寝ずの番』の夜も 随分と更けてきたと、話に区切りをつけた。

見ると レンもルイも 呆けている。ルイは 巻いていた毛布が、落ちている。

「お祖父様は、終戦後に当主を退いて、本家は商人を辞めたんだ。

もともと 全国の支店は、完全な暖簾分け制度、他の商人との組合も友好で、個人事業斡旋してたから出来たんだろうね。

まるで、突然消えるように、一族豪商は表舞台から去ったって印象みたい。」

ルイが、ずり落ちた毛布を直す。

「なんか、規模がすごすぎて、こえーわ!」

「でしょ?あたしも、びっくりしてるよー。」

まだ、レンも目が止まっている。

ルイが お構い無しに、シオンの肩を、毛布を被った自分の肩で、思いっきり小突いた。

「あと、ステンドグラス、どーなった?」

勢いで シオンはそのまま、ドミノみたいに レンに倒れる。

「痛いって!変わらないの、ルイもだよね!」

目を細めて ルイをみるシオンの頭に、レンの頭が グッーと 乗っかった。

「重い!レン!わざとだ!」

と 非難しつつ、体制を戻して レンの毛布を引っ張り下ろす。

「ステンドグラスは、『三代目』から『お祖父様』になってからのモノだった。レンも、ルイも 分かるよね? お祖父様が 何をしたか?」

悪戯をする表情で、シオンは二人の顔を見る。

「なんだ。ケーキ職人だよね?」

レンが、キョトンとした。

「もともと、祖父ーさまのイメージなんざ、それしか浮かばねーもんな。あと、コックだろ?」

ルイも、祖父の姿を思い出すよくに、笑う。

「じゃあ、どーしてケーキ職人かって、聞いたことある?」

レンもルイも 思案し始めたが、

「聞いたことないな。もとが、陶器商人って方が 意外だよ。」

レンの言葉に、ルイも頷いている。

「そっか。レンもルイも、お祖父様一族の事、知らないままだっけ。あたしも、叔母さんからと、たまたま知ったんだもんね。」

レンが、鍋の水を足した。

「お祖父様は、食べるものを作りたかった。って、言ってたんだよ。今思えば、食べ物調達、大変な時を 過ごしたんだもんね。」

シオンは、ダルマストーブの鍋に、目を移す。

「価値観が変わるぐらいか。」

そう言って、レンは 又シオンの隣に座る。

「終戦して、商人をやめた 『お祖父様』は、ケーキ職人になった。店のビルのステンドグラスが、金庫の最後のモノだったんだよ。」

指をピッと立ててシオンは 言う。

「信楽のミュージアムにあったみてーな、ステンドグラスか?」

シオンは、ルイの疑問に、頭を振る。

「信楽にあったステンドグラスは、当時高額で輸入されたもの。ザビエルが、信長に献上するような時代物なんだよ。でも、海外物なんだよ。」

「?」

シオンの言葉に、レンとルイは 不思議な顔をしている。

「金庫の中にあったのは、国産ステンドグラス。50年かけて研究されて、大正にようやく成功した、日本の板ガラスだった。」

一族がオーナーとして、建てた西洋建築ビルは、戦火を免れた。その1階部分で
自ら祖父は、ケーキ職人となる。

「ステンドグラスを飾った、西洋
建築ビルの竣工年っていうのが、関東大震災の年なんだよ。」

シオンは、レンとルイに言う。

「金庫の中身は、 人災、災害の象徴、か。」

レンの言葉に、今度は、ルイが

「まるで、あけちゃなんねー、パンドラだな。」



「禁忌のパンドラ、そうだねー。」

三人は 自然と目があった。
シオンが 一人では 分からなかった『金庫の最初のモノ』の意味を
三人は、気がついた。

そして、シオンは
いつでも、シオンの日記を膨らませてくれるのは、
レンとルイだった事を、

思い出した。


< 48 / 67 >

この作品をシェア

pagetop