Your Princess
第3章 私の両親。そして、兄。
蘭の元に嫁いで一ヵ月が経とうとしている。
少しずつだけど、ここでの生活に慣れてきたのか。
緊張感がゆるゆると解放されつつある。

相変わらず、蘭は忙しそうで。
たまに顔を見合わせても「おぅ」とか「俺は忙しいんだ」とだけ言って去ってしまう。
普段、アイツがどんな仕事をしているのかわからない。
貴族の仕事って何だろう?

まぁ、蘭と毎日顔を見合わせても息が詰まるだけだろうから。
アイツのことなんかどうだっていい。
むしろ会えなくてラッキーと思うようになった。

この頃、渚くんと仲良くなり始めた。
渚くんは、この屋敷の中で一番口が堅くないほうだと知った。
他の人達は「それは、秘密」だの「答えられない」っていうけど。
渚くんは、ギリギリまで答えてくれる。
でも、やっぱり答えられない内容に関しては、
「ごめん。答えられないんだ」と申し訳なさそうに言う。

私の兄がアズマだという話になった時。
私は思わず「渚くんは兄弟いるの?」と訊いてしまった。
渚くんは物凄く驚いた表情をして。
「ごめん、答えられないんだ」とさみしそうに言った。

この屋敷で働く人達はすべてが謎に包まれている。

「サクラさん、今日も手紙って届いてない?」
朝、食堂でパンケーキを小さく刻んで口に入れながら。
後ろに立っているサクラさんに尋ねてみた。
フェイスベールをつけながらの食事は、見る人がビックリするけど。
私は慣れっこなので、違和感などない。
とにかく、小さくナイフで刻んで口にほおりこんで。モグモグ。
初めの頃はサクラさんに「食べにくいんじゃない!?」と突っ込まれたけど。
今は何も言ってこない。

「手紙? 届いてないわよ。届いていたら、ちゃんと渡すわよ」
「…そうですよね」
私は小さくため息をついた。

流石に、オカシイなと思い始めた。
私のご両親。
昔から、私のことなんか構ってもくれなかったけど。
没落した今。大丈夫なのかと心配になる。

蘭は幾らかお金を渡しているはずだけど。
あの人達のことだから、すぐに使い果たしているのではないかと思う。
だから、そろそろお金の催促でもしに来るのではないかと考えたのだ。

あの人達が昔から豪遊して。
家の財産を使い果たして。
生活費を稼ぐために、お兄様は恥を忍んで蘭の護衛係となった。
と、言っても。お兄様が働けども、そのお金は両親が使い果たしてしまう…。
悪循環だった。

お兄様が行方不明になったのは、一年前だった。
蘭を助けようとした際、大怪我を追って死にかけて。
それから、病院で治療を受けていたけど。
ある日、病院から抜け出したのだ。
それっきりだ。
私はお兄様に会っていない。

「カレンさん、考え事? ずっと上の空だけど」
ライト先生に指摘されて。
私は「あ、すいません」とペンを置いた。
授業内容がちっとも身に入らない。

お昼ご飯を食べ終えた後の心地よい眠気が響いて。
更に心配事は時間が経つにつれて、どんどんと膨張していく。
「あの、ライト先生」
「うん?」
先生は教科書に目を通している。
「うちの…実家のほうへ最近行くことはありませんでしたか?」
「実家?」
ライト先生の眉毛がピクッと吊り上がった。
「いえ…。両親と連絡が取れないんです」
嫁いでから4通ほど手紙を出してみたけど。
一切、返事はない。

「どうして、僕に訊くの?」
怒った表情をするので。
私は「ひえー」と心の中で絶叫をする。
ライト先生にとっては、余計な話だったらしい。
でも、訊くとしたら、ライト先生しかいないのだ。

「いえ…知らないなら、大丈夫です。ごめんなさい」
目をそらして、ノートに単語をガリガリと書く。
そんな私を黙ってライト先生が見つめている。
「カレンさんの実家は町外れにあるだろ? 僕はそっちのほうには、あまり行かないから」
(私の家って町外れにあるんですか?)
そもそも、私は実家がどの位置にあるのか、知らない。
そうか、町外れなのかとライト先生の言葉に初めて納得する。

「ま、でも。カレンさんの実家あたりって確か先週…」
そこまで言いかけてライト先生は口をつぐんだ。
「先週…なんです?」
急に恐ろしくなってライト先生を見る。
「いや。何でもないよ」
先生は静かに笑った。

その時、どうしようもないくらい。
嫌な予感がした。
これは、本当に予感っていう感覚なんだけど。

「あれ、カレンさん。実家に帰ればいいだけの話じゃないの?」
一言。
ライト先生の言葉は。
私を硬直させた。

先生はわかって言っているのだろうか。
「蘭くんにお願いしてさ、たまには実家に帰ってみたら? アズマくんのことだって気になってるんだろ?」
「…お兄様の情報があるんですか?」
この一年、お兄様の目撃情報はゼロだった。
何か含みを持つライト先生の言葉に、心臓がドキドキする。
「いや。僕は知らないけどさ。もしかしたら、情報が来ているかもしれないんじゃないのかなって」
「……たとえ」
少し意地悪そうに言うライト先生をまっすぐと見る。
「たとえ、蘭に相談したとしても。私は両親に会いにいけるかわからないので。もう、嫁いだ身ですから」
はっきりと言うしかなかった。
私は、此処から出ることなんぞ許されない。

ライト先生は黙り込んだ。
私が言い返さないとでも思っていたのだろうか。

先生はどこか、そういうところがある。
たまに意地悪なことを言う。
「じゃあさ、あの男の子に訊いてみれば?」
先生は頬杖をついて私を見た。
「あの運転手の男の子。クリスって言ったっけ?」
「へ? クリスさん?」
意外な人物の名に驚く。
「彼、何度か町で見かけたことあるよ。買い出しでも行ってるんじゃないのかな。もしかしたら、知ってるかもよ」
「…クリスさんが」

確かに運転手の仕事もしているから。
知っているのかもしれない。
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