ハル
ハルに会う
 鼻先を台所のシンクのような匂いがくすぐった。
 
 右手の人差し指で鼻の頭を触ってみると驚くほど冷たかった。
 
 真貴(マサキ)は首に巻いた濃紺色のマフラーに鼻先まで隠れるように顔をうずめた。黒目だけを動かして右手の腕時計を見ると、十時半。

 最終までにはまだ時間はあるはずだが、次のバスが来るまであとどれくらいこうしていなければならないのだろう。

 こんな時間に帰るはめになったのも、冬休みを目前にしてクラスメイト達と一足早い忘年会をしようということになったからだ。
 
 と、いっても学校近くのカラオケでバカ騒ぎをしただけで、いつも遊んでいるときと何ら変わりはなかった。

 それでも来年の今頃は進学するなら受験直前の時期だと思うと、思わず鼻から息がもれた。時間を無駄に使える今はとても幸せな時期なのだろう。
 
 駅前にいくつかあるバス停には、ひっきりなしにバスが滑り込んでくる。

 真貴の立つバス停にも何台かバスはやってきたがどれも目当てのものではなく、バスが来るたび列から一歩ずれて乗客たちが乗り込んでいくのをやりすごさなければならなかった。


 ロータリーには競うようにしてタクシーが並んでいる。それはまるでゴキブリの大群のようで、まだ電車もバスも走っているこの時間はひっそりとその存在を隠しているように見える。
 
 真貴にはそれが一向に来る気配のないバスを待つ自分のように見えた。
 冬のせいだけではない。冷たく、怪しく黒光りが、今の自分の心の中に似ているような気がした。

 「って~な!!前見て歩けよブス!」

 後方でかすれた、だが幼さの抜けきらない罵声が聞こえてきた。
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