20の自分より
今は私は二十歳になったばかりだ。
あれほど嫌っていた『おめでとう』という言葉がありがたく感じるようになってきた。
自分はこの歳を迎えるまでに、
死んでいなくなってしまうのでは無いかと感じていたが、
実際は違った。
何もしなくても生きれてしまうのがなんとも虚しく思う。
生きる事に全力を注げなくなった時の事をよく覚えている。
本当に頭の中で何かが切れた音と、
それまで鮮明だった景色が突然ブラックアウトした。
君が今、それを覚えているのかは分からないが覚えていないのならそれはそれで良いのだと思う。
あの時の記憶に苛まれ、子鹿のように脚を震わせる事も無くなった。という事だろう。
しかし、父親が私にもたらした記憶は
決して忘れないで欲しい。
忘れないで欲しい、とは言ったものの恐らくあれは忘れられないものの類だろう。
あれには反面教師的な側面がある。
自分に一番近しい、将来の自分の姿のような危うさがある。
今、私はそれに怯えている。

『成人』という一つの節目を迎え、
変わった事と言えば周りからの目のみである。
自分自身の中身は何一つ変わっていない。
相変わらず死期が近い気がするだけである。
『成人』することによって訪れる変化は
他者からもたらされるものであると考える。
それが成長になるのか、退化になるのかは今後の私次第であろう。
今後は私も人との付き合い方を変えていかなければならない。
確実に成長出来るように。
今の私は成長、退化云々では無く、
共に立ち止まり道を模索しあえる仲間を探している。
どうしてもこの様な友が今の私には必要な気がしてならない。
しかし、確信が持てないのがなんともまた生きづらさに繋がっている。
これを乗り越えればこその成長なのだろう。

若さ故の驕りは人にこの様な文を書かせる。
今までに書いたものよりも何倍も何十倍も
羞恥心を感じるものだろう。
しかし、この驕りを今は私に味あわせていて欲しい。
この一瞬でしか味合うことの出来ない高揚感は、くすぐったく何とも気持ちの悪いものにも感じられるが、それよりも気分の良さが勝っている。

今後君は何度も何度も駄目になるだろう。
心が弱いわけでは無い。
君には気になる事が多すぎる。
360度に張り巡らせているアンテナを
自分に必要な分だけを選び、
意識一つでチャンネルを変えられるようにしなくてはならない。
それは容易な事ではないだろう。
しかし、今の私は不可能だとも思ってはいない。
君はその時その時で様々な落ち込み方をするのだと思うが、
その時には必ず本を読んでもらいたい。
自己啓発本のようなもの以外のものを。
本の上に自分は無力だと言うことを実感し、その中から生きる気力をもらうのである。

最後にこれが自身にとって黒歴史であることは今読み返してみて感じたが、
これもこれで良いものなのでは無いだろうか。
まだ稚拙な部分は多々あるが、
今後どうなっていくのかが楽しみである。


二十歳の自分に告ぐ、
思う存分に生きてみろ。
これは有り難い最後の節目だと思え。
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