コピーキャット〜Aの電子音〜
そして一度こちらを向いて礼をすると、

程なくして、

かなでがピアノの前に座り、

音を奏で始めた。

...儚く、美しい音...。

そこに、千翼のバイオリンの音が重なる。

...!

一瞬で胸を掴まれた。



ただ、しんとした朝の情景を写しとっただけの音楽。

その、ひとつの朝露が滴るのを見つめる。

それだけ...

たったそれだけを見つめながら、

彼がそこに問いかけた。

このような朝の繰り返しに、

一体どのような意味があるのか。

と...。


彼女が答える。

あなたが望むのならば何度でも答えましょう。

これはあなたに、理性と慰めを与えているのです。

と...。


...。

やがて、

その静かで穏やかな曲調は、

激しく、せわしない旋律へと変化する。

悲しい過去の記憶が、彼を突き動かす。

彼の表情は変わらないのに、悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。

そんな彼に、彼女は黙って付き従い、寄り添う。

そんな彼女に、彼は度々背徳な慰めを求めていた。

ある時、彼は彼女に言う。

お前がほしい。

と。

あなたが望むのならば、私は...。

...。

これは単純に恋や愛を語った唄なのだろうか。

酔いしれそうな高揚感...。

同時にくる、敗北感...。

これ以上はこちらが耐えられそうにない...。

そのとき。

また曲調が最初と同じように戻った。

でも、今度は先程よりもっと、互いを見つめ合い、寄り添うような形で綿密に音が作られている。

...。

知らぬ間に、その曲が終わっていた。

まだ...頭に残って離れない...。

正気を保つのに必死だった。

音楽というものの次元が、まるで違う。

これが...

この2人の、実力...なのか...?

「千翼、大丈夫?」

「大丈夫です。
まだ思ったようにはいかないようですが...。
とても楽しかったです。」

「私も。
こんなに綺麗な演奏は久しぶりだわ。」

...。

かなでが...頬を染めて微笑んで...。

「まり、どうしたの、ぼーっとして。」

「え、いや...。
2人ともすごく上手だったから。」

「...それはつまらない感想ね。もっとなにかないの?」

「まあまあ、かなで。
まりさんはクラシックに関しては素人なんだから。」

「クラシックじゃなくたってそうでしょ。」

...。

「とにかく、こちらはこちらで診療をはじめましょうか。
別室の方が良さそうだわ。」

俺は、まださっきの雰囲気が抜けないまま、別室へと案内されるのだった。

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