強引な副社長の婚前指南~偽りの極甘同居が始まります~
どうせ嫌だと言っても、また『お前に拒否権はない』とか言って却下されるのが目に見えている。

それによくよく考えてみれば、あの父を騙すにはそれ相応の準備が必要だろう。だから八雲さんのいうことは一理あって、納得する他にない。
 
ただ、バカって言われたのは気に入らないけれど。

「イジワル」
 
子供っぽい反論だが、今はそれしか浮かばない。

「誰が?」

「八雲さん」

「心外だな。でも芳奈は怒った顔も可愛いから、今日のところは許す」
 
まったくもって、意味がわかりません。

「土曜日が楽しみだな。詳細は追って連絡する。それまでお利口さんに待ってろよ、俺の可愛い芳奈さん」
 
数センチしか離れていなかった八雲さんの顔が一気に近づき、当たり前のように唇が重なる。でも流石に社内だからか、それはすぐに音もなく離れた。ほんのりと、コーヒーの香りが鼻をかすめる。

「し、失礼します!」
 
八雲さんから飛び跳ねるように離れ一礼すると、くるりと反転して副社長室を出た。
 
会社でキスするなんて……。顔が熱くて仕方ない。
 
今の私の顔は、きっと真っ赤に染まっているだろう。こんな顔をあの受付の女性に見られでもしたら、後で何を言われるか。

「階段で下りるしかないよね」

ボソッと呟くと踵を返し、小走りに階段のある方に向かった。


< 70 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop