たとえばあなたのその目やその手とか~不釣り合すぎる恋の行方~
ベルギーに降り立つと日本よりも一日遅れの午後二時だった。

彼はこれからすぐに行かなければならない場所があるということで、とりあえず手配済みのホテルへ荷物を預け街に向かう。

週末の午後とあって、ブリュッセルの街は人々が行き交い華やいでいる。

日本ではあまり見慣れないおしゃれなビアカフェがあり、皆がグラスに注がれた濃い色のビールを傾け楽し気に談笑していた。

ビール好きの私にはたまらない光景に思わず足が止まってしまったけれど、社長を見失いかけて慌ててその後ろ姿を追いかける。

彼は、その一角にある入り口が色とりどりの花で囲まれたとあるビアカフェに入っていき、そのカフェのオーナーらしき眼鏡をかけた太った男性ににこやかに話しかけた。

彼が流暢なフラマン語を話せること以上に、こんなににこやかな顔ができることに驚く。

二人は、沢山並ぶビール瓶を眺めながら時折手にとっては楽し気に話していた。

マスターは、彼が指差した瓶を開け、二つのグラスにビールを注いだ。

ようやくこちらに顔を向けた社長が私を手招きしている。

「Hi!いらっしゃい」

オーナーが満面の笑みで私に右手を差し出した。

「Nice to meet you.」

フラマン語がわからない私はとりあえず英語であいさつをし、そのふくよかな右手を握り返す。

彼は、手にしたブルーのグラスを手渡しながら私に言った。

「飲んでみろ。この店で人気のビールだ」

ようやくベルギービールを飲むことができる嬉しさに、自然と顔がほころぶ。

美しいブルーのグラスに注がれたビールは品よく細かい泡が立っていて、顔を近づけるとツンと鼻に突く香りがした。

こんな香りのするビールは初めてだと思いながら、グラスに口をつける。

濃厚な味わいの中にピリッと舌に絡みつく存在。これは何?

「何かスパイスでも入ってるみたいな刺激的な香りと味ですね」

グラスから口を離すと、そう彼に伝えた。


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