エリート外科医の滴る愛妻欲~旦那様は今夜も愛を注ぎたい~
私の担当医だったはずの沢渡(さわたり)先生は「一応俺にも診察させてくださいよ……」と苦い顔で後ろに立っている。

茶髪に黒縁眼鏡をかけた若い先生だ。透佳くんより年下のようで、透佳くんは「沢渡」と呼び捨てなのに対し、沢渡先生は「須皇先生」と敬称付きで呼んでいる。

「沢渡。普段は外来なんて面倒だと漏らしているくせに、こういうときだけやりたがるのか?」

透佳くんの暴露に沢渡先生は「そ、そういうこと、患者さんの前で言いますか普通……!?」と青くなる。

通路を歩く看護師が、胡乱気な眼差しを沢渡先生に向けて通りすぎていった。

「だって、カルテには一応俺の名前が残るんでしょ? 何かあったら俺の責任じゃありませんか」

「俺が診察ミスをすると思っているのか?」

「まぁ、ご高名な須皇先生に限ってそれはないでしょうけど。一応、ね」

不要だ、と言って透佳くんは一蹴する。

うちの両親の前や、権蔵さんの前では人のいい振りをしている透佳くんだけれど、同僚の前では本性全開らしい。ちょっと意外だ。

そのほうが仕事がしやすいのだろうか? 確かに、次期医院長だというのに威厳がないのは困る。

思わず私のほうが申し訳ない気持ちになって会釈すると、沢渡先生は苦笑して、ひょいっと肩をすくめた。
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