みずあめびより
「・・・あのさ。」

鈴太郎は衣緒の方を見ずに口を開いた。

「はい。」

「もう、あれ、会社で言うなよ?」

「あれ?」

「・・・だからお菓子配る時に『よかったらどうぞ。』って・・・。」

「!!」

衣緒は昨晩を思い出し真っ赤になった。ちらりと横の鈴太郎を見ると彼も頬を染めている。

「俺以外には絶対に言うな。」

「・・・はい。」

「・・・昼休みもうすぐ終わるから戻ろうか。」

そこでやっと衣緒の方を見た鈴太郎を彼女はグッと見上げた。

「・・・あの。」

「ん?」

「近々書類提出するので承認してもらえますか?」

「何の?」

「ベーカリーカフェが併設されたファンタジックなマンションに引っ越すので、定期券の区間変わるんです。」

「!!!」

鈴太郎が驚いて衣緒を見ると、彼女は微笑んで見つめ返してくる。

「・・・それ、最優先で頼む。」

目線を逸らして、事務的に聞こえるように努力して言ったが喜びを隠しきれなかった。

「承知しました。」

衣緒がいつになくはっきりとした声で答えた。
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