みずあめびより
「彩木さん、ちょっといい?」

午後の仕事が始まってすぐ、マネージャーの泉に呼ばれた。

泉奈津子(いずみなつこ)。43歳。高校生と中学生の子供がいる。「姐御」という言葉がぴったりなチャキチャキした働くママである。

彼女は衣緒にとっては恩人であった。

名前の知られた大学に通っていたものの、就職活動はうまくいかなかった。

書類は通るのに、不器用な性格ゆえ、どうも面接をうまくこなせなかったのだ。

それでもなんとか入った小さな会社で3年間働いたが、経営難に陥り辞めざるを得なくなった。

転職活動もなかなかうまくいかず、失業給付の支給が終わってしまった。

社員の仕事に就かなくてはと思いつつ、求職活動に疲れ果ててしまった。

面接に落ちる度、自分を否定されているように感じた。自分の個性や今までやって来たことが何の意味も持たないように思えてしまったのだ。

そんな中偶然通りかかった、現在働くハコイリギフトが持つ店舗でアルバイト募集の求人を見た。

子供の頃から誰かの誕生日を祝うのが好きだった。ハンドメイドを覚えると、よりその人の好みのものをプレゼント出来るようになり楽しかった。

バイトのシフトは何時でも土日でもお店の都合の良い日に出られます、重いものも持てるし事務仕事もします、と空回り気味にアピールし採用された。

泉が店舗の様子を見に本社から店長を訪ねてやって来た時に衣緒が店にいた。

接客が特別上手というわけではなかったが、商品ののディスプレイやラッピングに客への気遣いが感じられたことや、店の裏でやっている事務仕事の質が優れていたことから、本社に連れてきた。

最初の数ヶ月はアルバイトとしての雇用だったが、非常に意欲的な姿勢や要領はよくないものの丁寧な仕事ぶりが評価され、契約社員に登用されたのだった。


「はい。すぐ行きます。」

ミーティングルームに入っていくと、葉吉も同席していた。

胸がドキン、とする。昨晩自分に「好きだ。」と言ってくれた人が目の前にいる。彼の目にも動揺が見てとれた。

「あのね、突然で悪いんだけど、来週の木曜日と金曜日、葉吉さんと一緒に一泊で出張に行って欲しいんだ。」
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