こんな溺愛、きいてない!
「凛花、手、つなぐよ」



ぎゅっとつないだ遥先輩の体温に、少しだけホッとするものの。



「うーん固いな」



スタジオが、心なしか冷たい空気に包まれていく。



カメラマンさんはすっかりと手を止めてしまったし、気持ちは焦るばかりで、どう
したらいいのか全然わからない。



すると、遥先輩が両手でぎゅっと私を包み込んだ。



ぽんぽんと、私の背中を遥先輩の手が弾む。



「俺が一緒にいるんだから大丈夫だよ。凛花は俺の腕のなかで深呼吸して休んで
て」



「深呼吸?」



「そう、ゆっくりと息吸って、ふーって息吐いて。そうそう上手」



遥先輩の香りに包まれて、遥先輩の胸のなかで、深呼吸。



……あ、ホッとする。



「うん、いい感じ。もうちょっと俺の腕のなかでそうしてて。凛花の顔はベールに
隠れて、後ろ姿しか見えないから大丈夫だよ」



「う、うん」



「フラッシュの音が怖かったら、俺にしがみついて」



その瞬間、パシャパシャとフラッシュの音が響いて、思わずぎゅっと遥先輩にしがみつく。



「いいっ! すごくいいっ!」



カメラマンさんの興奮した声に、びくっと飛び上がる。



こ、怖い……



「凛花、こっち向いて」



遥先輩の甘い声にそろそろと視線を上げると、おでこに頬に髪に、ベールに、遥先輩の優しい キスが落ちてくる。



「凛花、すごく 綺麗だよ。俺と結婚するときには、俺にも一緒にドレス選ばせて」



遥先輩の甘い言葉 に恥ずかしくなって、ぎゅーーっっと遥先輩にしがみつく。



「最高! それいい! そのまま、じっとして」



カメラマンさんの声を聞きながら、ぎゅぎゅっと遥先輩にしがみついているうちに、撮影は終了してしまった。



「凛花、もう顔あげていいよ」



「……無理」



顔、真っ赤で恥ずかしいし、切腹レベルの役立たずだし。



遥先輩と並んでイスに座って頭を下げる。



「ごめんね……。結局、なんにもできなかった」



「凛花はよく頑張ってたよ」



こんなときに優しくされたら、泣く。



いくらなんでも、さすがに情けない。



「遥先輩がいなかったら、きっと立ってることすら出来なかったよ……」



「俺が無理言って頼んだことだし、凛花がいてくれたから俺はすごい幸せだったし
。絶対に超いい写真が撮れたはず。保証する」



「こんなこと仕事にしてるなんて、遥先輩はホントにすごいね…… 」



「慣れてるだけだよ」



私にはとても務まらない。



遥先輩の物怖じしない精神力とか、超然とした表現力とか。もう、心から尊敬。



魂を吸い取られてしまったように、抜け殻状態でパイプイスに座って呆然としていると、スーツを素敵に着こなした男の人がやってきた。



「あ、おやじだ」



遥先輩のその一言に慌てて 立ち上がる。



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