近くて遠い私たちは。

 2.父の記憶

 リビングの扉がガチャっと開いて、パート上がりの母が帰宅する。

 私はソファーに座ったまま、口元に付いたカスタードクリームをティッシュで拭い、「お帰り」と声を掛けた。

「ああ、美紅。ただいま、すぐご飯の支度するからね?」

「うん、ありがとう。お母さん」

 私は笑みを浮かべて言った。

 昼下がりにサクが差し入れてくれたシュークリームが効いているので、全くお腹は空いていなかったが、それを言うと母の機嫌が悪くなるのを知っていた。

 幼い頃は当たり前に、私を守る役目は両親だった。実父(ちち)もそうだが、一緒にいる時間がより多い母は、私を玉のように可愛がり、甘やかした。

 女の子だったからかもしれない。愛でる、とか溺愛、とかそういうペット的な感情で母は私を見ていた。だから私もその意思に応えた。母が嫌がる事は極力避ける、女の子らしく振る舞う、出来るだけ服も汚さない。

 父が居なくなるまでは、取り分け、大黒柱の父を大きな存在と受け止め、頼りにしていた。母も父に守られていた。記憶は朧げだが、私は亡くなった父が大好きだった。

 五歳の頃だった。大好きな父が突然この世界から居なくなった。
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