好きって言えたらいいのに
第三章 心のうちに

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 朝、私はいつも通り壁に貼ったポスターを正座で眺め、お母さんから急かされて朝ごはんを食べ、身なりを整えて、店先に出た。お父さんに「行ってきます」と伝えてから、向かいの魚富さんに目を向ける。
 そこにはいつも通りヘイちゃんがいて、私に気づくと微笑み、手を軽く上げてくれる。
「おはよ、かさね。これから学校か?」
「うん。」
 ヘイちゃんの袖を捲った腕が、私に昨日のできことを思い出させ、思わず顔を赤らめてしまう。
「あのさ、ヘイちゃん、もう大丈夫?」
 ヘイちゃんを見上げて精いっぱいの言葉を紡ぎだせば、ヘイちゃんは私の頭をガシガシと強く撫でた。
「子どもに心配されるようじゃ、俺も形無しだな。」
「子どもって!」
 私が反論しようとすると今度は両手で頬をつねり、ヘイちゃんはニヤリと笑った。

 痛い。ヘイちゃんはいつもこうだ。つかず離れず微妙な距離を取ろうとする。やっと同じ目線で話ができるようになったかと思っても、わざとらしいくらいの子ども扱いで私を遠ざける。

「ありがとな。」
 ヘイちゃんは背を向けてそう呟いて、私に早く学校へ行くように手をひらひらと振って促した。
「…。」
 私はそこに追い縋ることもできず、ヘイちゃんとの間に開いていく距離をただ眺めていた。

 ヘイちゃんに抱きしめられた時の温かい眼差しが、吐息が、ぬくもりが、それまで知ることのできなかった寂しさを、私に苦しいくらい教えていた。

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