好きって言えたらいいのに

3

 たくさんの新鮮な野菜たちとお客さんとお父さんの間を抜け、軒先に出る。

「かさねー!どうした?浮かない顔して。またおばさんとケンカか?」
 問題の『ヘイちゃん』が呑気にこちらに手を振っていた。
 魚富さんの前掛けをつけた、髪もぼさぼさでおじさんみたいなヘイちゃん。素のヘイちゃん。
「おはよ、ヘイちゃん!なんでもないよ、それより今日は一日魚富さん?」

 ヘイちゃんは27歳、お向かいのお魚屋さん、魚富の一人息子。
 私は17歳、3代続く八百屋、八百八の次女。
 どこにでもいるような年の離れた下町商店街の幼馴染。
 ただ一つ、特殊なことは、ヘイちゃんが11年間、アイドルをしているということだ。

「今日は舞台の稽古と雑誌の撮影で、昼から夜中まで仕事なんだよ。」
「だから朝だけでも働けって言ってやったんだよ!いつまでもチャラチャラしやがって。撮影って言っても、雑誌の端っこに載るやつだろ?かさねちゃんからも言ってやってくれよ。そろそろ魚富一本で勝負しろって。」

 魚富の店先まで行けば、いつも通りのお魚のにおいと、ヘイちゃんとおじさんの掛け合いが始まる。

「俺はダンスと歌が好きなの。んで、それを見て喜んでくれる人がいる…あの高揚感がたまんないんだよ。」
「へいへい。せいぜいがんばって、ちょっとは親を楽させてくれよ。お前が売れたらうちの店も客が増えるかねえ?」

 いつもの会話に私はクスクスと苦笑した。ヘイちゃんも困ったように頬をかいて微笑んだ。
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