好きって言えたらいいのに

4

 お向かいの魚富さんは、その後『みんなのヘーちゃん』が戻ってきたことで、より一層活気づいた。心配したようなマスコミの過熱報道もなく、ヘイちゃんは生き生きと店頭で働いていた。『ファンだった』と言われるたびに過剰なサービスをするから、おじさんには小言を言われていたけれど。『F-watch』の頃に培った人脈で、様々な漁港の漁師の人たちとも自ら連絡を取って、精力的に働いている。

「だってさ、早く一人前になってかさねを嫁にもらいたいじゃん。」
 ヘイちゃんの最近の口癖はこれだ。

「もしさ…、ヘイちゃんが引退を決めて戻ってきたあの時、私に恋人がいたり、結婚していたらどうするつもりだったの?」
 ヘイちゃんとヘイちゃんの部屋、一つの布団に潜りながら尋ねる。

「その時はそりゃあ長年磨き上げた『魚住平志』の魅力で…って嘘、ごめん、実は知ってたんだ。」
 ヘイちゃんは少しおどけたあと、私の視線を感じると頬をかいて打ち明け始めた。

「ちょっと前に番組のヘアメイクとして、正太郎くんが来てさ。かさねへの気持ちを聴かれて…それで、なんか『今狙い時だから』と助言を受けまして。」
「正太郎が?」
 テレビの仕事をし始めたことは知っていたけれど、ヘイちゃんと接点があったなんて知らなかった。
 私の反応を窺いつつ、ヘイちゃんの声が段々と小さくなっていく。

「…自信のないおっさんでごめんね。」
 テレビでメディアで、あんなにキラキラ輝いていたヘイちゃんが、今はとても身近な存在に思えた。
 私は思わずクスッと笑い、手を伸ばしてヘイちゃんの頭を優しく撫でた。

「ヘイちゃん、大好き。」
「俺も。かさねが大好きだよ。」

 私たちは自分の気持ちを伝え合い、「幸せだね。」って微笑んだ。

< 36 / 38 >

この作品をシェア

pagetop