好きって言えたらいいのに
第二章 ヘイちゃんとの距離

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 それから、しばらくして文化祭当日を迎えた。原価率を40パーセントにまでおさえた夏葉は、好調な売上に満面の笑みを浮かべつつ接客に勤しんでいた。
 私はと言えば接客の休憩時間に、あの日以来話していなかった田中くんから、人気のない西階段の踊り場まで呼び出されていた。

 少し緊張しながら田中くんを見上げる。無意識に自分の腕を擦る。
「ごめん…、あの日のことを謝りたかったんだ。」
 田中くんが少し悲しそうな表情で言った。
「怖がらせるつもりも、恥をかかせるつもりもなかったのに、俺なんかタガが外れて…。本当ごめん。」

 田中くんは優しい人なんだろうなと思った。
「ううん。ありがとう。…ごめんね、気持ちに応えられなくて。」
 私が笑みを向けると田中くんも少し微笑んでくれた。
「お兄さん?…にも謝っておいて。」
と言われ、頷くだけに留める。

「…あのさ、最後に聴きたいんだけど、陣野さんの大事な人って、池田正太郎?ひょっとしてつき合ってたりするの?」
「え?!」
 突然なんの前触れもなく飛び出した正太郎の名前に衝撃を覚えた。
 どこをどうするとそうなるのか。
 正太郎は確かに私の大事な友だちではあるけれどそれ以上の関係なんて想像したこともない。

「ち、違うよ!なんで?」
「…そっか。なんかそうなのかな?って思ってただけなんだ。ごめんね、ありがとう。」
 田中くんは、最後に私を見つめてもう一度微笑むと、先に階段を降りていった。

 残された私は深い呼吸を一度吐いた。
 そして窓の外を覗き、そこから文化祭特有の喧騒が聴こえてきていることにそこでようやく気がついた。


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