さくらいろの剣士1
いつも通り、部活から帰ってきた私は、誰もいない家で1人で夜ご飯を食べていた。
お父さんはお母さんのお見舞いに行っていて、いつも遅くなる。
「すぐに治るけど、念のために入院する。」
そうお父さんに言い聞かされていた私は、その日スマホにかかってきた電話を軽い気持ちで取った。
「さくら、今から病院に来い。」
「わかった。」
そう言って、自転車で15分。
近くの総合病院に入ると、お父さんが立っていた。
何も話さずにお母さんの病室に入る。その姿を見た瞬間、わかった。
死んでいた。
ただ黙って立っている私に、お父さんは言った。
「お母さんはな、がん、だったんだよ。」
急に知らされた真実に、私は戸惑った。
「さくらが、剣道の全国の舞台で頑張ってるのに、言うわけにはいかない。」
それがお母さんの判断だったと、死んだお母さんの顔を見ながら聞いた。
「剣道を、頑張りなさい。」
最後の言葉を思い出して、私は悟った。
それは、「私も頑張ったんだから、あなたも頑張りなさい。」という意味だったのだ。
 それからのことは、あまり覚えていない。気づけば1週間が過ぎていた。
そして、ある日、仕事に行ったお父さんの机の上に、書きかけの手紙が置いてあるのを見つけた。
私の父方の祖母に宛てたものだった。
「さくらが重荷なんです。あの子を見ていると、いつも思い出してしまう。もう限界。」
私は重荷でしかない。
今まできちんと育ててきてくれたお父さんを、これ以上困らせるわけにはいかない。
本能的にそう思った。
帰ってきたお父さんにすべてを話して、「おばあちゃんのところに行く。」と伝えた。
それからの手続きもなにもかも、お父さんがしてくれた。
最後に、大きな荷物を抱えて電車に乗ったとき、彼は言った。
「ごめんな。」
彼は、泣いていた。
私は、泣かなかった。
電車が出発した時も、おばあちゃんの家に着いた時も、泣かなかった。
溢れる涙がどこにあるのかさえ、わからなかった。
 おばあちゃんは私を見て、黙って頷いた。
「凌太は?」
と聞いた私を抱きしめてくれた。
思っていたよりも力強い腕の中で、困ってしまった。
そんな私に、おばあちゃんは言った。
「凌太くん、心配してたよ。さくらちゃんのこと。」
またまた困ってしまう。あいつが心配するなんて、あるはずがない。
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