桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

瞬きのスパイラル

「大地…………おはよう」

 ユナに話しかけれ、大地はハッと現実へ引き戻された。

 横にいたスウ王子が、大地にそっと声をかける。

「気分はどう?」

 広々とした部屋にあるフカフカなベッドの上で大地は、この二人の結婚式を粉々に破壊した時の事を、何となく思い出していた。

 目の前にいるスウ王子は確か…………花婿だった。

 ぐっすりと眠ったおかげで気分はとても良いし、何もかもが満たされている。

 幾筋もの明るい光が、手のひらから放たれている。

「もう俺は………大丈夫だ」

 大丈夫、どころじゃない。

 この感覚は、クスコがくれたみすまるを食べた時に、とても良く似ている。

 だが、勾玉の力の比では無い。

 体がとても熱くなり、心の奥から力がどんどん沸き上がって来る。

 無性に、動きたくなる。

 自分は幸福なのだという感激が、繰り返し襲ってくる。

 涙が自然と、あふれ出て来る。

 幾筋もの明るい光が、自分の手のひらから放たれている。

 気づくと大地は、真っ白なドラゴンに変身していた。

「…………あ」

 ユナとスウ王子は驚き、彼をじっと見つめた。

「桃色のドラゴン、じゃないのね」

「大地は、白龍………だったのか」

「いや、違う」

「だが…………」

 大地は、白龍では無い。

 でも人間でもない。

 神でも無い。

 白龍と人間の息子である。

 飴細工達は騒がしく、大地のまわりで踊り出す。

 彼らが動けば動くほど、なめらかな皮膚と、はっきりとした声と、温かさを持つ体へと変わっていき、もう飴細工では無く本物の人間になっていた。

「あれ?」

「ぼくたち…………」

「なんだか体が……変わっちゃった」

「お母様、お父様、これ、どういう事?」

 ユナは優しく笑いながら、首を軽く横に振った。

「わからないわ。でも、あなたたち…………もうすっかり、飴細工じゃなくなったみたいね」

「白い花の力かな」

 スウ王子は白い花の一つに触れ、感心した様子で呟いた。

「君たちの『本当のお父様』になってあげようか、私が」

 10体の飴細工は不思議そうに、血の通ったばかりの自分の手を見つめている。

「力を貸してくれるかい? これから螺旋城を建てるから、たくさんの知恵と勇気が必要なんだ」

「はい!」

「お父様、喜んで!」

 スウ王子は嬉しそうに微笑み、ユナと大地に向かってウインクした。

「これで夢が一つ叶いそうだ。子供は10人以上欲しかったからね」

「…………ええ」

 身目麗しい子供達は大喜びで、ピョンピョンと飛び跳ねた。

「大地は白いドラゴンー!」

「はくりゅうダイチ!」

「…………おわっ!」

 白龍に変化した大地の背に乗って、子供達は楽しそうにはしゃいでいる。

 まだ長い長い夢の続きを、見せられているような気がしてならない。

 血の通った人間になれた子供たちを見て、嬉しそうに笑っているのはあのユナだ。

 螺旋城が破壊されたのは自分の弱さが原因で「あなたは悪くない」と、何度も大地に向かって悔恨の念を口にしていた、悲しみと苦しみで作られたような花嫁。

 それが今や…………

「何なんだよ。…………めっちゃ仲良さそうじゃねえか」

 今や彼女はスウ王子と仲睦まじい様子でイチャイチャしており、誰よりも幸せそうに見える。

 すっかり当てつけられて大地は呆れ果てたが、同時にほっとしてしまう。

 二人に祝福の言葉すらかけていなかったことを、ふいに大地は思い出した。

「おめでとう。…………そんな顔で笑えるんじゃねぇか。ユナ」

「ええ。ありがとう、大地。私、とても幸せよ」

 ユナとスウ王子は目を見合わせ、微笑んだ。

「けどな、イチャイチャはよそでやれ。なんか無性にイラっとする」

 大地の言葉に、みんな笑った。

 祝福を伝えた時に、かつて自分が祝福された事があったことを思い出す。

 両親はいつだって、大地に笑いかけてくれていた。

 思い出すと同時に、部屋の中に蔓を張り巡らせた白い花が、一斉に咲き乱れた。

 生きる喜びを敏感に感じ取り、それを糧に成長していく花。

 何かを待つように白い花たちは、キラキラと輝きだす。

「ダイチ。白く光ってるね」

 子供の一人がそう言った途端、大地は人間の姿へと戻った。

「…………あれ」

「大地、君はまだ食事もとっていない。今持って来させよう」

 スウ王子の言葉に、大地は首を横に振った。

「いや、腹は減ってない。もう行かないと」

 王子とユナに、大地は今までの経緯を話して聞かせた。

「俺はこの城に、攫われた友達を探しに来た。律と言う名の、音楽を奏でる女だ」

「この時間、で合っているのか?」

「いや、あの音楽が聞こえないから、律は別な時代にいるのかも知れない。早く連れて帰りたい」

 スウ王子は頷いた。

「手を貸そう」

「?」

 スウ王子は首からかけた鎖に繋がれた小さな懐中時計をポケットから取り出し、その蓋の部分にトンと触れた。


天蓮灯(テレント)


 瞼がおかしい………。大地はなぜか瞬きしたくても、恐ろしくて出来なくなる。


「心配しなくていい。大地……私の天蓮灯(テレント)に身を委ねて」


「…………いや」


 そう言われると大地は恐ろしくてたまらず、抵抗したくなってしまう。


 王子が持つ黄金色の懐中時計の中に、吸い込まれていく心地になってゆく。


 大きな呼吸をしたその時、大地は思わず瞬きをしてしまった。


 ────やばい!!!


 目を開けたら、1年の月日が経過していた。


 最初は何が起きたのか、さっぱりわからなかった。

 近くにいた女官に声をかけると、彼女は「ひぃ!」と叫び、慌てふためき、まともに返事をしないまま、すぐにユナとスウ王子を呼びに行ってしまった。

 今まで滾々と眠っていた大地が起きたことに、相当びっくりしたのだろうか。

 ユナ王妃とスウ王がすぐに大地のもとへやって来て、笑いかけた。

「起きたわね、大地。1年が経過したのよ」

「…………何だって?」

 大地はぽかんと口を開けたままになり、耳を疑った。

 ユナは大地の手を引っ張り、広々とした手すりつきの露台へと案内した。

「ここはね、『桃色ドラゴンの塔』。あなたが住むために作られたの」

「?!」

 大地がいる東側の塔のてっぺんからは、螺旋城全体が良く見渡せた。

 白を基調とした城は新しく建て直され、最上階の礼拝堂をはじめ国政の広間、学問所、病院、食堂、武将の兵舎、浴場、王族の住まう本堂、天文学者の館などが完成している。

 魂を与えられ、王族の一員として育てられた『元飴細工』の子供たちは、岩時をはじめとする他国から集めた優秀な教育係により、個々に眠る才能を花開かせているという。

「一体どうなってんだ…………」

「瞬きをしたっていいのよ。あなたに見せるための『天蓮灯(テレント)』だから」

「見せるだって? 意味がさっぱり解らねぇよ」

 瞬きをしたら今度は、何年経ってしまうか皆目わからない。

 ユナは構わず、ふくらんだお腹を大地に見せた。

「…………ねえ見て、大地。スウ王と私の子よ。女の子だったらマユラン。男の子だったらナユナンって名づけようと思うの」

「……先に説明してくれ、ユナ」

 安心できるわけがない。

 瞬きしたら絶対にダメだ、律の救出がどんどん遠ざかってしまう。

 繰り返し大地は、心の中でそう念じた。

 意識すればするほど大地は瞬きしたくなり、ついに目を閉じてしまった。


「────ヤバっ!」


 途端に、8年の月日が経過してしまった。


「起きたのか?」

 今度はスウ王が大地の様子を見に、塔へとやって来ているようだ。

 王は、ふんわりした栗毛色の柔らかい髪を揺らす可愛らしい少女を連れてきている。

「この子がマユランだ」

 8年前ユナのお腹にいた子は、可愛らしい仕草でぺこりと大地にお辞儀をした。

「…………ユナは」

「お母様のおなかに、ナユナンがいるの。もうすぐ生まれるからおへやにいるの」

 小さなマユランが答えた。

「ナユナン?」

「この子の兄弟だ。生まれたら大地にも、会わせたいと思ってるよ」

 もう一度瞬きをしたら、今度はそのナユナンがここに来るんじゃ無いか?

 大地はそう確信した。

 自分が螺旋城に来た、本当の目的は?

 律を探して、助け出す事じゃ無かったのか?

 今頃律は、どうしているのだろう。


 もしかして、手遅れになってしまったのだろうか。


「容赦なく時間だけが過ぎちまう……」


 焦りのあまり、つい瞬きをしてしまう。


 さらに5年が過ぎた。


 今度は本当に、スウ王子がマユランの手を引き、塔にはユナに抱かれたナユナンが遊びに来た。


 マユラン13歳、ナユナン5歳。


 にこにこと笑う彼らは、可愛い盛りである。


 大地は苦笑いした。


 こんな調子で瞬きのたび、螺旋城の時間を旅していたら、いつか自分は死んでしまう。


 広がっていく白い花の螺旋と、ピアノの音。


 ────ピアノ?


「ねえ、聞こえる? ナユナン」


「うん。キレイなおとが、はずんでる」


 マユランとナユナンが目を瞑り、うっとりとした様子で耳を澄ませた。


「…………音楽?」


 大地も耳を澄ませた。


「…………この音は……」


 律が弾くピアノの音だ!


 やっと見つけた。


 体が内側から熱くなり、心の奥から力がどんどん沸き上がって来る。


 今この瞬間、自分は幸福なのだという感激が、一気にあふれ出してくる。


 ずっと生かされ続けてきた。


 誰かに、何かに、どこかに。


 それがどれほど、大切で尊い事だったのだろう。


 頭の中に、律の音が響きわたる。



 これは祝福の音色だ。



 涙が自然とあふれ出て来る。




 やっと、見つけた。
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