桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

二つに分かれた時の歯車

 覚書の巻き物を手に入れておいて、良い事が一つだけあった。

 本来なら邪魔をしたがるであろう城の中に潜む化け物たちが、覚書の存在を知るや否や爽と梅を恐れ、遠巻きに眺めるだけにとどまっている。

 だが、黒い花は別だ。

 しつこく四方八方から絡みついて来るので、なかなか先へ進めない。

 しかも覚書に書いてある地図が出鱈目なので、正確な道しるべが存在しない。

「匂いがどんどん、強くなってくる…………これ以上進めば息が出来なくなるぞ」

 時の神の統領である爽も、この腐臭には降参だった。

 立ち止まりかけたその瞬間、地面にブヨブヨと蠢くものを梅が発見した。

「爽様、ここだけ赤黒くなっております」

 急にどこかからまた、亡霊のような女の声が聞こえてくる。

『白と黒の『魂の花』など、どこにもありませんのよ…………』

 狂ったスズネの笑い声である。


 …………自由気ままに、思いのままに生きるのは、本当に楽で、素晴らしいですわね…………


 おーほほほ…………


 おーほほほ…………


「その力がお前のものでなくても?」

『あら。どなた様ですの?』

「知りたくない事は別に、知らないままで良いのでは無いか? これまでもお前はずっと、そうしてきたのだろう」

 おーほほほ…………

 …………そうですわね。

 自分に不都合な事は何一つ、知らなくたって良いのですわ。

 スズネはまた、高らかに笑った。

『ワタクシはもはや、最強! 最強神なのです! ワタクシを殺すのですか? そう、殺せばいいのです。そうすればご自分は、傷つかずに済みますものねぇ」

 自由気ままに、思いのままに、身勝手な振る舞いばかりしてきた成れの果て。

 スズネはもう神では無く、身も心もただの化け物に身を落とした。

 どうすればいい?

 爽は心の中で唸った。

 魂の花がある場所を知りたい。

 スズネを殺す前に、何とか場所だけ突き止めたい。

『権威を欲しいままにするには力を奪い、自分が最強になればいいのです』

 弱者を従え、逆らうものをどんどん排除していくだけで事足ります。
 
 殺した側は傷つかずに済み、権威と賞賛を手に入れる事が出来ますもの。

「────言いたいことはそれだけか。俺は余計な時を狩る。そのためにここへ来た」

 爽は螺旋城の中に蔓延る、黒い花を睨みつけた。

 ────侵入は許しません!

 赤黒い液体のようなものが蠢きながら急に、巨大化して爽と梅の目の前に現れた。

「うわっ!」

 スライム状の血液お化けの喉の奥から、スズネの声が聞こえてくる。

「…………お前、黒い魂の花の『原液』を飲んだのか」

『あなた方の目的を教えなさい』

 光る魂に魅せられ、その力を奪う事に夢中になった化け物。

「言う必要は無い。何故お前の命令を、こちらが聞かなければならないのだ」

 爽は幾度か天璣(フェクダ)を放った。

 だが、今のスズネには全く効き目が無い。

 光は血液がスライム化したスズネを全て通り抜けてしまう。

『そんなものは、効きません』

「黒い魂の花に取り込まれ過ぎて、ますます頭が狂っていますね」

 梅がそう言うと、疳高い笑い声が響いた。

『おーほほほ…………それがどうかしましたか?』

 黒い花がますます巨大化し、爽と梅の体にグルグルと巻き付き始めた。

「うわ…………気色悪いっ!」

 爽は黒い魂の花を払いのける様に、何度も何度も天璣を放った。

 そのたびに花は、さらなる腐臭を放つ。

「黒の魂の花は、とっくにこの世界に根付いているようだな」

『そ…………そんなことは、ありませんわ』

 途端にスズネは、爽と梅に対する攻撃の力を緩め、ある場所を隠すような仕草をした。

 梅はその動きを見逃さなかった。

『……まだまだ螺旋城、いえ。人間の世界は魂の花の力が必要です』

「時を大切に出来ない人間は、この世界にたくさんいたか?」

 爽が会話で時間を稼いでいるうちに、梅はスズネが隠していた何かを突き止めた。

 地下へ続く石畳だ。

 たった一つだけ、赤黒くなっている石がある。

『それはそれはもう…………人間達は大馬鹿ですからね。懐柔しやすいものですわ。何度失敗しても懲りずに、また新たな戦争を始めましたもの』

「本当にここは、行き止まりしか存在しないのか?」

『ええ。ええ。どなたも通れません! だからどうぞ、速やかにお帰り下さいませ』

「しかし過去に埋めた『時間』を返して欲しいのだが、どうすれば良い?」

『ではワタクシが、永遠の時間を差し上げますわ…………』

「いや結構。そろそろ時間だ」

『?』

「魂の花を返してもらいに行かねばならない」

『…………何をおっしゃいますの?』

 魂の花はこれからも、こちらで必要としております。

 お返しするわけには参りませんわ。

「誰に向かって、ものを言っている」

 さあ、今すぐこの場で殺して差し上げましょう。

「ならお前の『時間』を狩ってやる」

 爽はスズネに向けて杖を振った。

 梅は初めて見た。

 時の神の統領が、本気で怒っている顔を。


地蓮灯(ティレント)


『ヒィッ!』


 ────時間軸が!


 白と黒の文様を描きながら、城全体を包み込むように、大きな大きな『時間軸』が現れた。

 音が聞こえてくる。

 何かのリズムを刻むように。

 弾むような音色だ。

 規則的な、ピアノの音。

 狂い、うねり、ねじ曲がり、音をたて、時間軸はスライム化したスズネを急激な勢いで吸引し、呑み込んでゆく。


 許しません…………


 決して…………


 グルグルとねじ曲がっていく螺旋の中へ、スライム化したスズネは完全に吸い込まれていった。


 爽は、このチャンスを見逃さなかった。


「許さないのは、こちらだ! 空蓮灯(クレント)


 大きな大きな『時間軸』の螺旋は、爽の声と共に粉々に散った。


 ギャアーーーーー!!!


 スズネの声はウロウロと宙を彷徨い、やがて静かに消えていった。


 スズネの魂はついに、息絶えたのである。


 城を包んでいた螺旋は、目的(・・)を果たすと跡形も無く消滅した。


 黒い花はカラカラに乾き、どんどん干からびて粉々になってゆく。

「この気色悪い匂いが、なくなるわけじゃ無いんだな…………」

「爽様、あそこです!」

 梅が指さした先に、まぶしく照らされた石造りの床が見える。

 灰色の石が連なる中、照らされた部分の石だけが赤黒く光り輝いている。

 爽はその石に杖の先端を向けて「天璣(フェクダ)」と唱えた。

「梅、頼む」

「はい!」

 梅はその床に向けて、黄金色の炎を吐いた。


 ────ゴウッ!


 地面に炎が当たった瞬間、一つの石がスライドしてぽっかりと空間が出現し、中から階段が現れた。

「ここを降りると…………どこへ着くんだ?」

 爽と梅は慎重に、あたりを見回しながら階段を降りていった。

 カツ…………

 カツ…………

 カツ…………

 カツ…………

 足音が反響し、鳴り響く。

 ふと、過去の記憶が蘇る。


『…………どのへんに埋めればいい?』


 水晶球の中を覗きながら、爽は深名の問いに答えた。


『うーん…………そうだなぁ。ここなんか、どう?』


 爽は、青く澄んだ、美しい湖がある場所を指さした。


「…………ここは、あの時決めた場所か…………」


 青く輝く、湖のほとり。


 ここに二つあった魂の花を植え、その上に綺麗な城を建てたかったのに。

 深名と一緒に作れたのは、醜い城。

 それでも『時の王』を作り上げ、この世界を守らせた。

 魂の花が白と黒、美しく咲いた状態で顔を出している。

 もうとっくに、白と黒二つとも根付いてる。

「この時代の『時の王』は一体…………何をしているんだ」

 この世界を正しく守るために作った王が、この場所を管理しているはず。
 
 囚われた人間の少女や深名孤を救うには、二つの魂の花をとっとと同時に、引き抜いてしまえばいい。

 ほんの少し刺激を与えるだけで、簡単に抜けるはずだ。

 黒い花も…………

 白い花も?

 確かめるため、爽は新たな術を唱えた。

光蓮灯(フィレント)

 王冠の形をした『時の歯車』が、爽と梅の目の前に現れた。

 爽はゆっくりと、その歯車を動かしてゆく。

 螺旋城の時間軸の姿が、爽と梅にわかりやすく、見てとれるようになる。

 歯車を動かし続け……現代まで少しずつ、螺旋城の様子を見つめて気づく。

「ん? 人間世界が…………二つ存在してる?」

「ええ…………どうしてこんな事に」

 ある時間を境に、時が真っ二つに分かれ、螺旋城同士が戦いを始めているようだ。

「久遠の息子が放った黒天枢が、どの時代の螺旋城を粉々に破壊したのだろう……」

 その時間が原因だ。

 さらに爽は突き止めた。

 ユナ姫とスウ王子の結婚式を境に、二つの世界が出来上がってしまっている。

「どちらの世界も、人間達は普通に活動している様子ですが…………」

 なら螺旋城が破壊される前に戻してしまえば、このバグは直るのか?

 今度こそ慎重に、囚われたものたちを救い出したい。


「方法を考えよう」
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