桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

求婚は突然に

 謎めいた言葉を残す筒女神クスコに、カナレは思わず尋ねた。

「『この地を守る運命を持った白龍神』とは、風雅(フウガ)様の事ですか?」

「どうして、そう思うのかえ」

「私の命の恩人である、風雅様は黒龍でした。彼は岩時の霊水を飲んで、白龍に変化されました。この地と何か、強い結びつきがあるお方のように思えたので」

 カナレはひと月ほど前、良く知る洞窟の中で迷ってしまったことを打ち明けた。

 飢餓状態になって命を落とす寸前、どうにか出口を見つけ…………

 驚きの光景を目にした。

 洞窟を抜けた先には、空風輪(クフリ)という名の町が広がっていたのである。

 海、山、地形……全てが岩時町とそっくり同じ。

 カナレは強いデジャブを感じた。

 似通った人々も住んでいる。

 大鳥居を構える神社が存在しないという点が、大きく異なるだけだ。

 それからカナレは、珍しい薬草を入手しに、たびたび空風輪まで出向いたという。

 岩時では滅多に手に入らない、強い力を持つ植物が多かったからだ。

「空風輪には、驚くくらい清らかな水も湧き出ておりました。岩時に戻り、空風輪とそっくり同じ、水が湧いていた地点を探し当てますと、驚いたことに」

 空風輪よりも癒しの力が強い霊水が、湧き出ていたのです────


 こちらが本物の霊水。


 誰にも知られてはならない。

 と本能的に、カナレは思った。

「『空風輪』には守り神がおらず、全て野放し状態でした。だから生き物達がしっかりしていたのでしょうけれど」

「そうとも言えるのう」

 自分の身は自分達の力で守りながら、生きるしかない。

 カナレは改めて決意した。

 『霊水』による祝福を守ろう。

 癒しの力を持つ霊水は、それを飲んで生活する者達の心と体を守っている。
 
 絆を深め、仲間と繋がり、自ずと強くなろうと努め、皆が懸命に生きていた。

 そんなある日。

 空風輪は洞窟を通った邪悪な濁名の手によって、壊滅状態にされてしまった。

 カナレは風雅に助けられて、何とか生き延びたが。

 人間達は老若男女問わず無差別に食われ、濁名に残らず殺された。

「岩時と全く同じようで、異なる町。空風輪の地とはもしかすると、神々に忘れ去られた岩時の『未来』だったのではございませんか?」

「半分は当たっておるな。じゃが岩時の地を守る白龍は、風雅では無い」

 カナレは驚いた。

 クスコが否定しなかったから。

「おぬしは鋭いの」

 筒女神は体を起こし、カナレを見た。

空風輪(クフリ)は隠された町。岩時に万が一の事があった時の予備として、ワシが人間世界に置き去りにされた後に、爽に頼んで作らせた場所じゃ」

「…………予備?」

「奴は空風輪の存在を知らぬ。まさか濁名に襲われるとは思わなかったが」

「奴?」

「最強神じゃ」

「仰る意味がわかりません」

「岩時と、空風輪。どちらかがおかしな状況になったら、町の時間軸ごと刈り取って、消去する予定じゃった。そして残ったもう片方を存続させる。当時の我らは力が無くて、時間軸を平行にすることは叶わなかったがの」


 そんなわけで、空風輪は岩時よりも、少しだけ未来なのじゃ。


 小さな町じゃが。ワシの器がちゃんと育ってくれたならばもう、問題はない。


「…………」


 カナレは言葉を失った。


 問題はない?


 クスコは一体、何をしようとしているのだろう?


 







 梅は白猫・久遠を本殿へ連れて来た。

 弥生に引き合わせるために。

 清名は、本殿については来なかった。

 調べたいものがあったらしい。

 カナレは顔を上げた。

 襖を開けると和服姿の女性が、一匹の白猫を抱きながらこちらを見つめている。

「梅様」

 それと…………

「久遠様、ですか?」

 カナレの言葉に、白猫はにゃーと鳴いた。

「カナレ。霊水をいただけませんか。久遠様に」

「は、はい!」

 カナレは少し口の広い盃に霊水を注いで、すぐに持って来た。

 梅はカナレを立たせながら、微笑んだ。

「カナレ、お疲れ様でした。ここは久遠様にお任せして、我々は外しましょう」

「……わかりました」

 梅と共に、後ろ髪を引かれる思いでカナレは本殿を後にした。

 クスコが残した言葉を気にしながら。


 本殿では、弥生と二人きりになった久遠が、岩時の霊水に口をつけている。


 ごく、ごく、ごく…………


 清らかで、冷たい水だ。

 
 霊水が喉を通って全身を巡るだけで、心が強くなっていく気がする。

 飲んでいるうちに久遠は、白猫から白龍へ。

 それから人の姿へと、目まぐるしく変化した。

 久遠が飲み終わるのを待っていたかのように、弥生は静かに目を覚ました。

 塵一つない畳の上で、久遠は弥生を心配そうに見つめている。

 黒装束に白羽織姿の、灰色の鋭い瞳を持つ美しい青年の姿で。

「…………あなたは」

 弥生は慌てて起き上がった。

「ああ。そのままでいい。体調がまだ優れないだろう」

「いえ。今治りました!」

 久遠の言葉も聞かず、弥生は背筋を伸ばして、正座姿になっている。

 彼女がすっかり元気を取り戻したようで、久遠は少しほっとした。

 熱い想いが駆け巡る。

 やっと本来の姿に戻れて嬉しい。

「白龍様………」

 艶やかな黒髪に、透き通るような白い肌、簡素な白装束だけを身に着けている。

 それでも弥生は美しい。

 人の姿で見つめ合うのは初めてだ。

 ああ、でも。

 幸せだった白猫の時間に、もう二度と戻れないのが残念だ。

 思い出すたびに切なさで心が疼き、恋焦がれてしまうだろう。

 もっと彼女の腕に抱かれながら優しく声をかけてもらい、守られていたかった。

 飽きるくらいに、よしよしと、撫でられていたかった。

 …………別に構わない。

 この世界は彼女に、相応しくない。

 生贄となって穢されて欲しくない。

 命に上下は無いのだから。

 彼女に本物の自分を全て受け入れてもらうことが、もし叶うのならば。

 これからは、持てる力全てで、彼女を大切にしてみせる。

 弥生を背に乗せ、龍宮城へだって何だって、連れて行ってみせる。

 彼女にぴったりの希望に満ちた、輝く未来を作ってみせる。

 一緒に。

 憐れみや同情とはまるで違う強い独占欲に、どうしようも無い執着心。

 ああ、弥生が好きだ。

 彼女の目には今の自分が、どのように映っているのだろう?

 きょとんとした彼女は、いきなり突拍子もない質問をしてきた。

「どのように切り刻みます? 私の魂を」

「は?!」

 その後は延々と、よくわからないやり取りが続いた。

「さあー! いいですよー! 久遠様。切り刻んで下さいー!」

 大の字になって、目の前で寝る弥生。

 久遠は呆れ果て、疲弊し始めた。

 どうしてこの弥生という女性は、こうもおかしな人なのだろう?!

 どうやら彼女は、目の前にいる久遠が生贄を食いに来た白龍だと思い込んでいる。

「弥生。私はあなたを食べる気はありません」

「そうなのですか?」

 そうなのです。

「ならば、元の家へ帰りたいです」

 そう……だろうね。

 彼女の願いは最もだが、とても町長たちの元へ帰す気にはなれない。

 幸せになれないだろうから。

「このままだと私の大切な両親が、私を助けようとした罪で、町の人たちに殺されてしまいます。どうか、早く私を食べちゃって下さい。私、嬉しかったのです。両親が私を大切にしてくれて。ずっと守ってくれて。命がけで逃がそうとしてくれて。とても、とても嬉しくて、どうやって恩返しが出来るかをずっと、考えていたのです」

「…………」

 弥生が生贄にならなければ、彼女の両親が殺されてしまう?

 この状況を打破するには、どうすればいい?

 弥生の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「それで、私のやるべき事っていうのはきっと、あなたに命を捧げる事なのだと思いました。私はもう、充分なのです。久遠さま、私の魂を連れて行って下さい。私はここで『みそぎ』をやって『気枯れ』の体になりました。ほとんど誰とも喋らないまま本殿の中で、たった一人でやり遂げました。あなたに魂を捧げるために」


 この命尽きる最後の一瞬まで、自分に問い続けなければいけない。


 何が間違いで、何が正しい行いなのか。


 何を一番、大切に想っていたいのか。


 久遠は決心した。


「わかりました。ではあなたを、遠慮なくいただきましょう」


 彼女の決意が如何ほどかは、よくわからない。


 だが、もう決めた。


「魂を食す気はありません。ご両親が心配なら、彼らも連れて行きましょう」


「え? どこへ?」


 久遠は弥生の体を強引に引き寄せ、ぎゅっと力強く抱きしめた。


「く…………久遠様!」


 弥生は顔が赤くなっている。


「あなたが欲しい。私の花嫁になって、天界へいらして下さいませんか?」


 久遠は誰もが惹きつけれらるような、魅惑的な微笑みを浮かべた。


「えええっ?!」


「えええっ、じゃありません」


「花嫁?!!」


「そう。私はあなたに求婚しています」


 弥生は口をぽかんと開けた。


「…………」


「私はあなたが好きで、たまらなく必要なのです。やっと同じ目線で会えて、とても嬉しかった。あなたに死んでもらっては、私が困る。今すぐあなたを自分の城へ、連れて行きたい」


 ありったけの想いを全て、久遠は彼女に伝えてみせた。


「返事は?」



「…………は」



 返事を強要された弥生は、茫然としながら恐る恐る頷いた。




「……はい。久遠様」



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