桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

霊獣王(カン・アル)保護法

 深名斗は激怒している。

 鞘から抜いた時刈の剣を両手で持ち、久遠の背にまたがりながら。

 鋭利な切っ先を久遠の喉元に、弥生の体を使って今まさに突き刺そうとしている。

「…………!」

「────あなた様、は」

 霊獣達は恐れおののき、星狩ですらこの事態に対応出来ないままでいる。

「よくも裏切ったな。久遠よ」

 絶体絶命。

 まさかの事態。

「いいえ。誤解です」

 久遠は大きく深呼吸した。

 取り乱してはならない。

 慌ててはならない。

 また、いわれのない理由で牢に放り込まれ、餓死寸前になるのはごめんだ。

 そんな事よりも。

 深名斗は弥生の美しい顔を醜く歪ませ、薄ら笑いを浮かべている。

 久遠は許せなかった。

 弥生の体を使うな!

 早く出ろ、反吐が出る。

「生贄をどこへ、連れて行くつもりだった?」

 弥生の喉から、深名斗の声が響き渡る。

 考えろ。

 冷静さを失えば全てが終わる。

 久遠は一言一言を注意深く、言葉に変換した。

「弥生は生贄ではありません」

「ただの人間の女であろう! 生贄でなくて何なのだ!」

 深名斗は嘲る様に笑う。

「彼女は霊獣王(カン・アル)。尊ぶべき存在です」

「ハッ! 詭弁だ! 霊獣王(カン・アル)だと?」

「そうだろう? な!」

 久遠が同意を求めると、霊獣達は即座に「うんうん!」と頷いた。

「これは紛れもない真実です。弥生は深名様から授かった七支刀を、見事に使いこなしました」

 星狩も久遠に加勢する。

「七支刀より上の『器』じゃない限り、あれを使いこなす事はまず不可能でしょう」

 深名斗は鼻で笑う。

「七支刀はお前に授けたのだ」

「はい。その時、深名様は私にこうお命じになりました。『七支刀はお前が使っても良いし、霊獣王(カン・アル)を選んで授け、そいつに濁名を殺させてもいい』と」

「…………!」

「私は弥生を霊獣王だと認めました。そして共に、濁名を斃したのです」

 裏切っておりません。

 あなたの命に従ったまで。

「濁名を斃したのはクスコだ」

「はい。ですが、弥生が霊獣王である事に、変わりはありません」

 深名斗は飄々と言い放つ久遠を、じろりと睨みつけた。

「弥生を今、天界へ連れて行こうとしている事を、どう説明するつもりだ」

「弥生と結婚するからです。私が」

「結婚?!」

 ───白龍が人間と結婚だと?! 

 なぜか狛犬リョクが『結婚』に反応し、「くぅ~」と寂しそうに鳴いている。

「私は彼女を龍宮城へ連れて行き、いつまでも大切に守ろうと思っております」

「ふざけるな!!!」

「ふざけてなどいません。弥生本人からは、既に承諾を得ています」

「食い物と結婚する馬鹿がどこにいる?!」

「弥生は食い物ではありません。れっきとした霊獣王(カン・アル)です。それに他種族と結婚してはならないという『法』は、どこにも存在しない。白龍同士でしか結婚してはならないと騒いでいるのは、一部の頭が固い、高天原の神々だけです」

「高天原の神を愚弄するか!! 弥生は最強神であるこの俺の生贄だ!」 

 深名斗はついに、剥き出しの本性を露わにした。

「この女の血を吸うのも体を食うのも、お前では無くてこの俺だ!!!」

「私は弥生の体を食べません。ではあなたは、掟を破られるおつもりなのですね」

「掟? 人間愛護法なら変えたであろう!」

「人間愛護法ではありません。『霊獣王(カン・アル)保護法』です」

 また法律か!

 しかも『霊獣王(カン・アル)保護法』だと?

霊獣王(カン・アル)は神々と同等といっていいほど、基本的な諸権利を全て保障されております。『霊獣王(カン・アル)保護法』の第七条には、こう書かれております」

 深名斗は舌打ちした。

 次に久遠が言う台詞が、想像出来たからである。

「『神々は霊獣王(カン・アル)が生まれつき持つ能力や権利を、権力によって侵してはならない』」

 忌々しい! 

 小生意気な奴め。

 この俺を、論破するつもりか。

 若くて経験が浅いだけの白龍が!

「深名様のご命令通り、霊獣王の弥生は霊獣達の力を借りて見事、濁名を斃しました。彼女は尊ぶべき存在です。生贄にするなど、もっての他」

「…………」

 深名斗はついに言葉を失った。

『何なら確かめてみる? いつでも真実を映してあげるわよ!』

「その声、まさか…………」

 清名か!

 緑色の光が、久遠のまわりを旋回している。

「殺したはずだというのに! 龍の目になって生きていたとは!」

『まだ気づかないの? 深名様。弥生の体にいるってことは…………』

「…………何だ」


『もしかして、自分の愚かさを知る気になった?』


 深名斗は手が痺れ、力が徐々に緩み始めてゆく。

 梅はその瞬間を見逃さなかった。

 サッと羽ばたきながら旋回し、彼女は久遠の正面に猛スピードで回り込む。

「そろそろですね! 時刈の剣を、返してもらいましょう」

 形成逆転。

 久遠の背に乗った弥生めがけて、梅は勢い良く黄金の炎を吐き出した。


 ゴオーッ!!!


「うわっ! 熱いっ!!」


 元来。鳳凰の武器である時刈の剣は、黒龍の深名斗とは相性が悪い。

 武器そのものに抵抗されて、コントロール出来ない状態に陥る。

 時刈の剣は、深名斗の手から剝ぎ取られるように飛ぶ。

 やがて剣は、人に変化した梅の手の中に無事おさまった。

「何なのだ、このざまは!」

 弥生の体は最低最悪だ。

 全く深名斗の思い通りにならない。

 それもそのはず。

 彼女の体には20体の、白龍の赤子の魂が宿っている状態なのだ。

 深名斗は、その事を知らなかった。

 白龍とは正反対の生き物である黒龍・深名斗に、合うはずが無い。

 ブツブツと薄汚い言葉を使い、深名斗は世界の全てを愚弄し呪い始めた。

「さあ、時間を止めます。弥生…………少し頑張るのですよ」

 混乱した深名斗はもう、梅が杖を振って術を唱えた事に全く気づかない。











 深名斗の意識は、朦朧とし始めた。

 やがて魂が弥生の体内で、燃える様に熱くなってゆく。


「ぐ…………ぐあああああああっ!!!!」


 苦しくて、息が出来ない。

 涙が溢れてくる。

 とても生きてはいられない。


 ────このままでは死んでしまう。


「大丈夫ですか~? ほら、深呼吸、深呼吸、ですよ~」


 何だ?


「ふか~く息を吸って~。吐いて~」


 誰の声だ。


「は~い。また息を吸って~。吐いて~」


 言われた通り呼吸しているうちに、徐々に楽になってゆく。


「…………お前は…………」


 微笑みを返したのは、美しい乙女。


「弥生と申します。どうしてあなたは、そんなに苦しそうなのですか?」


「空気が、合わない…………だが少し、楽になった…………」


 深名斗はまさに、こと切れそうになっている。

 弥生はそんな深名斗を心配し、労わる様に、盃に入った水を差しだした。


「これ、飲んでみてください。とても美味しいお水なのですよ」


 深名斗は差し出されるまま、霊水に口をつけた。


 ごく、ごく、ごく…………


 すると、どうにか呼吸も心も、正常に戻った。


「うまかった、礼を言う。お前は本当に…………弥生なのか」


「はい」


 弥生は大きな優しさと、強い生気に溢れている。


 生贄にしようとした人間に、まさか命を救われようとは。


「まだ顔が真っ青ですよ。ほら」


 弥生は持っていたコンパクト型の円鏡をぱかっと開き、深名斗に見せた。

 磨かれた鏡の縁には、白と黒の龍が追いかけ合うように、描かれている。

 深名斗が鏡の中を覗き込むと、中から深名孤がこちらを見ていた。


「クスコ! 貴様!」


 深名孤は、可笑しそうに笑っている。


「哀れじゃのう、深名斗よ。しばらくそこで苦しんでおれ」

 深名孤はフッと姿を消し、残された鏡には、真っ青な自分の顔だけが映っている。

 ふと耳を澄ますと、たくさんの泣き声が聞こえてくる。

「────赤ん坊?」

 円鏡をしまいながら、弥生が頷く。

「聞こえますか? ここで今、お預かりしているのです。この子達は全員、龍宮城でお育てする予定なのですよ!」

 弥生が指をさした少し先に、白龍の赤子たちがいた。

 …………20体ほど。

 よちよち歩きだったり、ハイハイしたりしながら…………

「弥生」

「はい。何でしょう」

「白龍の赤子を、体内に降臨させたというのか?!」

「はい。そうなんです!」

 全員、久遠の子供か?!

 噓だろ?!

 だから結婚?!!

 どうりでこの空気、自分に全く合わないはずだ!!

 人間が霊獣王になっただと?!

 気色悪過ぎる!

 白龍が体に宿ったこの女を食うなど、死んだって御免だ!

 想像するだけで胸がムカムカしてくるし、吐き気と嫌悪感しか湧いてこない!!!

「とても可愛らしいです♡」

「可愛らしくないっ!!!」

 おぞましさのあまり、深名斗は悲鳴を上げた。

「…………寄るな! 来るなあああっ!! おええええっ、気持ちが悪い!!」

 近寄って来る赤子が怖くて、必死になりながら逃げる。

 知らず知らずのうちに、涙まで出て来る。

「どうしたのですか? 全然怖くないですよ! だって赤ちゃんですもの♡」

 弥生は深名斗が何故逃げるのか、さっぱり理解できないでいる。

「尊いですよね。…………私、この子達が愛しくてたまりません♡」

 激しい嫌悪感の後、深名斗はようやく少し冷静さを取り戻した。

 まさかとは思うが…………

「お前はこの白龍20体を、龍宮城で育てるつもりなのか? 久遠と一緒に」

「はい!」

 深名斗は考えを巡らせた。

 白龍の絶滅危惧種問題は、これで何とかなるだろう。

 うるさい神々や白龍達がこれでしばらく、大人しくなるだろうし。


「まあ良かろう。育てたいなら、やってみるがいい。お前などもう、知らん」


「??」


 すぽんっ!


 突然、良い音がした。


 深名斗は弥生の体から、どうやら出る事が出来たようである。


 黒龍姿に変化し、下へ下へと落ちて行く。

 
 慌てて翼を広げ、羽ばたきながら人間の世界へ。





 自分が作った世界の生き物だというのに、全くもって得体が知れない。



 特別に、許してやろう。



 もう二度と目の前に現れるな。



 龍宮城でもどこへでも、行ってしまえ!!!




 ────さあ、気持ちを切り替えるのだ。




 せっかく人間の世界へ来たのだから、美味い魂でも食べ比べるとするか。




 深名斗はすっかり久遠と弥生の事を忘れ、ワクワクしながら下降していった。


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