桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

友達になれたね!

 フワッ。

 魂状態の結月は再び、ある場所の上空に姿を現した。

 ピアノの音が聞こえてくる。

「ここは……」

 結月やさくらが通っていた、岩時小学校である。

 赤茶色の木で作られた旧式の校舎。

 ほのぼのとした気分になるような、温かみを感じさせる。

 今は放課後のようで、校舎には他に人気が無く、管理の行き届いた校庭は広々としている。

 どんなに大声を出してはしゃごうが誰も何も文句を言わない、のびのびとした雰囲気がそこにはあった。

 窓をすり抜けて校舎の中へ入り、結月はあっと声を上げそうになった。

「あんた誰よ」

 濃い茶色の、ショートヘアの女の子がピアノの前に座り、入口近くに立っている小さな結月を睨んでいる。

 小さな頃の律である。

「……」

 魂状態の結月は思い出した。

 ここは音楽室。

 律と結月以外、誰もいない。

「名前、聞いてんだけど」

 これはとても切ない記憶のはず。

「喋れないの? 早く答えなさいよ、イライラする」

 結月はこの記憶を、心の奥にしまい込んでいた。

 思い出すと泣きそうになるから。

 初めて会った時の、律の言葉があまりにも鋭くて、委縮して涙が出そうになったから。

 この時の律はとげとげしくて、何を言っても、何をしても、罵倒されてしまいそうだったのを思い出す。

 彼女のピアノの音は、胸がいっぱいになりそうなくらい、素敵だったのに。

 だからドアが開いたままの音楽室の中に、フラフラ入ってしまっただけだったのに。

 こんなに険しい表情で睨まれて、責められるなんて。

「いしがみ、ゆづき」

 小さな結月は勇気を振り絞り、自分の名前を名乗った。

「何年何組?」

「三年三組」

「へぇ同じ学年。私は三年一組。はやま、りつ」

「……」

「結月はどうして音楽室に入ってきたの? ピアノを聞きたかったから?」

「……」

「今の曲、どう思った?」

「……」

 グラウンドの端にあるスピーカーから、校歌のメロディーで作られた明るいチャイム音が鳴り響く。

「……何か言ったらどうなのよ」

「……」

「私の事、馬鹿にしてんの?」

「……」

 馬鹿にしているわけじゃない。

 伝えたいのだ。

「……」

 律の素敵な演奏に惹かれたこと。

 感動して、胸が一杯になったこと。

「……」

 だから音楽室に入ってしまったのだということ。

 けれど言葉は喉につかえて、まるで上手く出てこない。

「……」

 涙が出そう。

 自分を睨んでいる律が怖い。

 逃げ出してしまいたい。

『ダメ』

 近くで見守っていた魂状態の結月は、声を上げそうになった。

「もう、ここから出て行って」

「……!」

 小さな結月は、後ずさった。

『逃げちゃダメ。ちゃんと伝えなきゃ!』

 近づこうとした魂状態の結月の腕を、いつの間にかすぐ横にいたウタカタが、ぐいっとつかんだ。

 虹色の髪。

 虹色の瞳。

『ひぃっ!』

 びっくりした。

「無理だよ。アタシがもらっちゃったからねー」

『…………!』

 もらったって?

 何を?

「あなたの『光』をアタシ、さっきぜーんぶ食べちゃったからねー!」

 悪びれず、淡々と事実だけを語るウタカタの口調が気持ち悪く響き、結月は恐怖を感じた。

 もう一度音楽室の中を見る。

 律がいきなり、ピアノの椅子から立ち上がった。

「あんただってどうせ、私のお母さんと同じことを考えてるんでしょ!」

「……?」

「コンクールで入賞しない子の演奏なんて、聞く『かち』がないって!」

「!」

「昨日の夜お父さんに話してるのを、聞いたんだ! 私がどんな演奏したって、どんなにステキな音を鳴らしたって、コンクールに入賞しなければ何の意味もないって…………」

 結月を睨みつける律の目から、ポロポロと涙があふれ出てきた。

 そうだ。あの時『ニュウショウ』って何の事だろう? って思ったんだっけ。

 結月は意味も分からず、ただ律に怒鳴られるままになっていた。

「……」

 律はきつい性格の母親に育てられ、それでも毎日、血のにじむような努力を重ねてピアノと向き合っていた。

「…………努力が足りないから律は入賞出来ないんだ、って言ってた」

 母親に認められる事が、律にとって最も重要だったはず。

 結月と初めて会った日は、律にとって一番つらい時期だったのである。

「……」

 この時の律はかなり落ち込んでおり、怒りを人にぶつけていた。

 何か言いたい。

 早く伝えたい。

「……」

「言葉なんて出ないよ。多分」
 
 ウタカタは静かに笑った。

「だってアナタの輝きはアタシが全部、食べちゃったんだもの」

 その時。

 結月とウタカタの間にいきなり、ぐるぐると回る、勾玉のような形をした文様が2つ、姿を現した。

「な、何?」

 ウタカタはびっくりして目を丸くした。

 その文様は黒龍と白龍の形をしており、互いの尾を追いかけ、回り続けている。

「何これ?」

 ウタカタはきょろきょろと、その文様を凝視した。

 グルグル、グルグル。

 文様は徐々に大きくなっていき、白と黒の龍は光と闇に変化しつつ巨大化し、ウタカタをどこかへと吹き飛ばした。

『…………?』

 チリン!

 律のピアノとは違う、鈴のように綺麗な音色が聞こえてきた。

 雨上がりの草木の香りがする。

 急に、空間が歪んだ。

 その歪みの中から、大きくて澄んだ瞳に威厳のある輝きを宿す、18歳くらいの少年が姿を現した。

「ユヅ!」

 肩まで無造作に伸びている髪は薄い桃色で、小さくひとつに束ねている。

 大きいつり目の二重瞼を大きく見開き、彼は結月を見つめている。

 どうやら彼はこの場所に入ってこれないらしく、勾玉の中央に立って両手を広げ、必死な表情で結月に向かって叫んでいる。

「思い出せ! ユヅ」

 この少年を、結月は知っていた。

 だが今はなぜか、彼が誰なのかを思い出せない。

「ここに、さくらがいたろ!」


 あ。


 そうだ。


 さくらが自分を、助けてくれたんだっけ。



『さくら…………』



 音楽室の中に、もう一人が姿を現した。

「あれ。さくら、いつの間に?」

「今きたとこだよ」

 さくらが微笑み、結月の隣に立っている。

「りっちゃん、あのね。結月は魔法が使えるんだよ」

「魔法?」

「うん。はい、結月」

 さくらは結月に、ノートと色鉛筆を渡した。

「…………」

 魂の結月は、この光景を見て思い出した。

『思い出した。この時、さくらが私を助けてくれたんだ』

 結月は絵を描いた。

 向日葵に似た、鮮やかな黄色。

 澄み渡る空のような青を使って。

 華やかな文様がいくつも重なったような、世にも美しい絵を描いた。

 ノートの1ページ、全てを使って。

「わぁ!」

「きれいな絵!!」

 さくらと律は歓声を上げた。

「ねぇ、これ何の絵?」

 さっきまで怒っていたことをすっかり忘れたように、にこにこ笑って律が聞くと、結月も思わず笑顔になった。

「さっきの、律の音」

「…………」

 さくらは笑顔でこう言った。

「ね、りっちゃん。結月って魔法が使えるでしょう?」

「…………う」

 律は申し訳無さそうに、結月を見ながら声をかけた。

 みるみるうちに律の目には、涙があふれて止まらなくなる。

「ごめ…………ん、結月。私、八つ当たりしちゃった」

「……」

「あんたが喋らないから。てっきりお母さんみたいに、私のこと馬鹿にしてるのかと思っちゃって…………」

 小さな結月は、首を横に振った。

「ううん。私も…………ごめん」

 うまく話せなくて。

 そう言いたいけど、言葉が出ない。

「また、律に絵を描くから」

『…………』

 さくらは嬉しそうに微笑んだ。

「これで友達になれたね!」 

 魂の結月は、ふと横を見た。

 既に桃色の髪の少年と、ウタカタの姿がどこかへと消えていた。



 






 
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