桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

試練

 岩時温泉街に、いきなり巨大岩が出現した。

 ごつごつしていて醜い、筋肉ムキムキの髭オヤジの姿をした、岩である。

 禿げあがってピカピカした頭頂部に、薄青色で奇妙な三角形の、ツルツルした固い「何か」が突き刺さっている。

 地の底からは湯が噴き上げており、巨大岩と地面を熱く濡らし続けている。


 ドオーーーーーン!!!


 子供用本格派温泉にいてもいなくても、一目瞭然の大きさだ。

 この地に住む生き物全てがフツヌシの形をした岩に注目し、固唾を飲む。

 唖然としたのは、大地や、モモや、カイや、リンナだけではない。

 爽《ソウ》と姫毬《ヒマリ》も。

 深名斗《ミナト》と久遠《クオン》も。

 全員が巨大岩を見上げて言葉を失った。 


 それだけではない。


 岩時神社の社務所にいる、紺野や、律や、結月にも、この状況は伝わった。

 円鏡が、光り輝いたのである。

「ああっ! 見える!」

 紺野の手の中にある円鏡を、律と、結月がのぞき込む。

 そこには、探していた大地が映っていた。

「大地!」

 彼はまわりにいる人々を守りながら、驚いた表情で巨大な岩を見上げている。

「どうしてこんな事に……?」

「ねえ。大地に、私たちの声は聞こえないのかな?」

 結月が紺野に話しかける。

「わからない。でも、やってみる価値はあるかも知れない」

「大地! 頑張れ!」

「大地!!」

「聞こえてる?! 返事して!」

 大地からの返事はない。



『お前か……ウィアン』



 巨大岩が声を上げ、矢を放ったウィアンを睨みつけている。

「そうだ! 岩の神・フツヌシ! 僕はお前を絶対に許さない!!」

『何故だ』

「僕との約束を忘れたからだ!」

『約束?』

「本物の母様に会わせてくれるって、言ったじゃないか!」

『……』

 ウィアンは、巨大岩めがけて矢を放つ。


「ウィアン!」


 天津麻羅《あまつまら》の声は、破魔矢が巨大岩の心臓部に到達した後、空しく響き渡った。


 ビュッ!


 ビュッ!!


 ビュッ!!!


 命中。


 命中。


 命中。


 ゴォォォォォォッ!!!!


 バラバラッ!


 ゴロゴロッ!


 岩が崩れ、地面にどんどん降り注ぐ。

 温泉街には土煙と湯気がたちこめ、誰がどこにいるか皆目、わからなくなった。

「おい! みんな大丈夫か?!」

 大地が叫ぶ。

「ああ、大丈夫!」
「生きてます!」
「問題ありません!」」

 モモ、カイ、リンナも返事をした。

 大地はほっとした。

 とりあえず無事かどうかは確認できた。

 父は……? 大丈夫に違いない。

 大地は父・久遠の力をリスペクトしていたため、彼の心配はしていなかった。

 何本もの矢が巨大岩に命中したが、穴が空いたのは心臓の部分のみである。

 フツヌシは原型を何とか留めていた。

 心臓部だけがチカチカと、輝いている。

 何かが、その中で蠢いている。

 金色がかった薄茶色の髪が印象的な、一人の少年の姿。

 赤い天狗の面を首にかけ、黒袴の袖をたくし上げている。

 矢白木凌太《やしろぎりょうた》だ。

「凌太!」

 この状況を円鏡で確認し、紺野が叫ぶ。

「凌太」
「凌太だわっっっ!」
「う、く、苦しいッ!」

 律が紺野を激しく揺さぶった。

 結月が静かに、律を止める。

「律、紺野が苦しそう」
「え?! あ、ごめん!」
「だ、大丈夫……」

 紺野はズレた眼鏡をかけ直し、円鏡をもう一度のぞき込む。

 巨大な岩・フツヌシの心臓部分に、凌太の姿はあった。

 以前、紺野はクナドの力を得たときに、凌太が囚われている姿を見たことがある。

 《《あの》》髭面で筋肉ムキムキスキンヘッド男が腕組みをしながら、凌太の近くに立っていたはず。

 状況が違う?!

「『岩の神フツヌシ』だ……」

 紺野の呟きに、律が反応する。

「え?! あれって岩の神? 岩時神楽に出てくる? ……てことは凌太、あの神様に食べられちゃってるの?」

「……わからない。食べられているように、見えなくもないけど……」

「お腹の中じゃなくて、心臓の部分にいるよね。凌太」

 結月がどこまでも冷静に、凌太の立ち位置を分析している。

 三人は目を見合わせ、「う~ん」と、心配そうに唸った。

「大地が凌太を、助けてくれるかな?」

 律が腕組をしながら呟くと、紺野が答えた。

「かなり……難しそうだね」

「でも。やってみないと、わからないよ」

 結月の言葉に、二人は頷く。

「僕らは、たとえ届かなくても、声を出しながら二人を応援しよう!」

 紺野の言葉に、律と結月は力強く頷いた。



 




 深名斗は崩壊寸前の巨大岩フツヌシを見て、ケタケタと笑い出した。

「ははははは! 面白い! あれは岩の神・フツヌシではないか! まさに今、殺されようとしている。これは《《愉快だ》》!!」

 久遠は巨大岩を見上げ、彼に矢を放った少年を確認し、絶句している。

 ウィアン。

 彼は、フツヌシの弟子にあたる。

 公に認知されてはいないが、深名斗の息子でもある。

 深名斗は果たしてその事実を、覚えているのだろうか?

 親しかったはずのフツヌシに矢を放ち、ウィアンは彼を殺そうとしている。

 今、この戦いに深名斗が手出しをすると、かなりまずい。

 最強神の黒天枢《クスドゥーベ》などを使用されたら、岩時の地はおろか、人間世界そのものが崩壊してしまう。

 ウィアンは叫ぶ。

「この大噓つき! フツヌシ様の大馬鹿野郎!!!」

『……ウィアン……』

「久遠。隠れたまま、そっと様子を見ておいてやろう。どうやら直接奴を(フツヌシを)殺す手間は、省けたようだしな」

「―――――は」

 世界崩壊は免れたようだ。

 少し時間稼ぎにはなるが、危機的状況には変わりない。

 それにしても。今まで一体、フツヌシはどこにいたのだろう?

 言葉らしきものを発しているが、何なのだ? この違和感は。

 フツヌシは『神』ではなく、人間世界の『巨大ロボット』のようにも見える。

 ……もしかして誰かに、操られているのだろうか?

 ウィアンはなおも、巨大岩めがけて矢を放つ。

 ビュッ!

 ビュッ!!

 ビュッ!!!


 ゴォォォォォォッ!!!!


 バラバラッ!


 バラバラッ!


 今度は頭部に向けて矢が集中する。

 岩が崩れ、地面にますます降り注ぐ。

 頭頂部に刺さった、薄青色で奇妙な三角形の固い「何か」が今にも落ちそうだ。

 地割れが起こり始め、温泉街は完全に崩壊されそうになっている。

「せっかくリノベしたのに! バカバカバカ!!!」

 リンナが泣きそうになっている。



 凌太は驚き、思わず叫ぶ。

 ゴゴゴゴゴ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴ!!!

「ギャッ! この揺れは、ヤバい、ぞ!」

 巨大岩の全てが崩壊寸前だ。

 驚いたことに、今まで見えていたフツヌシが完全に、凌太の視界から消えた。

 四つの大きな太鼓形の岩に掴まり、凌太は必死に屈んでいる。

 とても立っていられない。

 フツヌシは、ますます痛そうな声をあげている。

『クッ!』

「フツヌシ様! 見えないけど、大丈夫か?!」

『俺様に、構うな!』

「どうすればいい?」

『凌太。お前の手で全部、ぶっ壊してくれ! それでいい!』

「ぶっ壊すって、なあ、おわっ! ……どうやるんだよ!」

 ますます、ぐらつきが大きくなる。

 小さな礼環は、凌太に言った。

 彼女はいつの間にか、凌太の肩の上にちょこんと乗っている。

「凌太さん。最初に黄色い岩を叩く方がいいわ! 赤黒い岩はその次」

「わ、わかっ……」

 グラグラッ!

 グラグラッ!

 凌太は立っていられず、赤黒い岩に、赤い炎色の鉢を打ちつけてしまった。

 ドンッ!

「おわっ?!!」

 

『誰も彼も、死んでしまええええええええええええ!!!!!!!』



 岩の神・フツヌシは唐突に叫んだ。


 体の中から。

 心の奥から。

 憎しみが。

 怒りが。

 嫉妬が。

 憎悪が。

 蔑みが。

 嘲りが。


 噴出して、止まらない。

 





「いた! 凌太!!」


 大地は衝動が抑えられず、桃色のドラゴンに変身し、空を飛んだ。


 バラバラに崩れる巨大岩の中から、懐かしい友の姿が見えたからである。


 凌太が一直線に落下していた。


「待ってろ! 今助ける!!」


 やっと見つけた!!!


 助けたくて、見つけたくて、ずっと探していた、囚われていた友達を。


 桃色のドラゴンは地面すれすれの場所まで飛び、間一髪で凌太を背中に乗せた。


 ドスッ!


 凌太は一瞬、何があったかわからなかった。


 すべすべとした背中を見て、じわじわと思い出す。


 友の温かさを。



「お前……大地か!」




 時の神・爽《ソウ》と彼の妻である姫毬《ヒマリ》が、大地に気づいた。

「大地!」

 姫毬の声に、爽は驚く。

「あれ? 大地? 本当だ!」

 爽は大地が凌太を救うところを確認し、安堵しそうになってから青ざめた。

「あれは……」

 薄青色で奇妙な三角形の固い「何か」。

「天空時《トウロス》のかけら!」

 落ちたら割れる!!

 落下する天空時《トウロス》のかけらは、地面に落ちる寸前、爽がキャッチした。



 深名斗は空を飛ぶ桃色ドラゴンを見つけると、嬉しそうに久遠へ話しかけた。

「あれはお前の息子だな。名は、大地だ。螺旋城《ゼルシェイ》では面白い力を見せてくれた」

「はい。覚えてくださり、光栄です」

 久遠は内心、葛藤していた。

 一人息子の身に危険が及べば、とても冷静ではいられない。

 大地は深名斗に、見つかって欲しくなかった。

 また黒い涙を飲まされたりして、力を利用されてしまうかも知れないからである。


『何故、忠告を無視して目立った行動を取るのだ、あいつは! アホなのか!!』


 
 久遠は深呼吸し、必死に自分に言い聞かせた。



 この状況は、自身が成長するための大きな試練なのだ、と。
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