桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

泡の神への裁き

 深名は四角い石と壁面の映像を交互に睨みつけながら、ウタカタに直接話しかけた。

「何をしているのだ」

 ウタカタは酔っている状態で、ぶんぶんと空に向かって両手を振り、にこにこしながら返事をした。

「あー! ミナ様?! やっほー!!」

 天と地の架け橋である彼女には、『ナナイロ』という能力を使って、深名たちの存在を察知して会話ができるようであった。

「お久しぶりですー!!!」

 久遠と爽は、顔を見合わせた。

 最強神に向かって「やっほー」が言えるのは多分、天界のどこを探してもこの、泡の神ウタカタだけであろう。

「…………」

 何なんだ、この軽いノリは。

 ある意味こいつが最強なんじゃね?

 という気持ちにさせられてしまう。

 二人は同時に、深名の方をちらりと見た。

 最強神は無表情を貫いている。

「黒龍側の泡の神(お前)がなぜ、白龍神の地に入り込んでいる」

 ウタカタはケタケタと笑いながら答えた。

「あれれぇー? やだなぁミナ様ー! あのでっかいクスコを殺せってアタシらに言ったじゃないですかぁー!」

 部屋の中は奇妙な沈黙に包まれた。

「…………」

「…………」

「…………」

 目の脇をヒクつかせながら、深名は答えた。

「お前ごときにそんな事を命じた覚えは、断じて無い」

 見え透いた嘘を。

 バレバレである。

 久遠と爽は思わず、深名に注目してしまう。

「ミナ様ったらうっそつきー! この『すまほ型ろくおん小石』にー、全てその時の会話は録音済みですー! はいっ、ぽちっ!」

 普段以上に無敵状態の『酔っぱらいウタカタ』は、懐から取り出した虹色の小さな『ろくおん小石』の表面に、ぽちっと触れた。

 深名の声があたりに響いた。


『クスコを殺せ』


 すると、がやがやと5体の神々が返事をした。


『かしこまりましたー! クスコー? どこですー?』

『了解いたしましたわ。 クスコ……どこかしら?』

『承りました。 クスコ…………? どこなの?』

『了解です! ……クスコ、どこどこ?』

『承知いたしました。 クスコ、どこだよ?』

 最初は全員、元気良く返事をしたが、最後の声はひそひそと仲間内で話している様子に変わっている。

 大きなため息とともに、再び深名の声が響き渡った。

『どこかの世界に紛れ込もうとしている。あいつを探して殺せ。褒美をつかわす』

 5体のひそひそ話はぴたりと止まり、「キャー!」とか「わーお!」とかいう声のあと、了承の声が聞こえてきた。

 ウタカタは音声を止め、悪びれもせずこう言った。

「ね? これが動かぬ証拠ってもんですー。 あ、ミナさまー? 人間の世界でやっとクスコを見つけたんですけどねー、アタシらが化けてた破魔矢をどっかの小さな桃色ドラゴンに抜かれてー、その後クスコはー、どっか、いっちゃいましたー! ゴメンなさーい! てへッ♡」
「殺す」

 深名は懐から黒い杖を取り出し、殺傷の呪文を心の中で詠唱しようと目をつむった。

 その瞬間、慌ててウタカタが切り出した。

「それよりそれよりーっ! あ・り・ま・し・た・よ! 『光る魂』!! ミナ様にたーっくさん包んでー、お土産にしてー、持って帰りますー!」

 深名の手がピタリと止まった。

「土産…………」

 彼は何か考え込んでいる様子である。

 爽はウタカタに話しかけた。

「お前さては、光る魂を喰ったのか」

「うんうん! 味見してみましたよー! めっっっっっちゃ美味しいですー!!! 滅多に食べられない貴重なものですからねー! 毒見してからじゃないとー安心して、ミナ様に持って帰れないじゃないですかー! 今アタシが食べてるやつもそちらへ、持って帰りますねっ!」

 爽は首を横に振ってこう言った。

「手順を間違えている。それでは持ち帰ることが不可能だ」

 久遠は爽に向かって目くばせした。

『この酔っぱらいに光る魂の、正しい狩り方の手順を説明をするつもりですか?』

 そう久遠が言いたいのは理解しているが、爽は彼に一度頷くだけで、泡の神に向き直った。

『コイツに何を説明したとしても、小さな光しか食えないから大丈夫』

 爽は念を使って、久遠の心にその一言を送った。

「…………!」

「えー? ソウ様なんでー?」

 爽は映像を見ながら説明した。

「人間達が準備した『気枯れの儀式用の霊水』がどうして、本殿にひとつ残っている」

「霊水? なにそれ?」

 爽はフワフワ浮かんでいる結月の体に、杖を向けながら説明した。

「本殿に入ったらまず人間は、儀式用の霊水を飲む。それを済ませないと彼らは完全な『気枯れ』状態にはならない。その手順をすっ飛ばしてお前は魂に食らいついた。それではいくら食ってもダメだ。また光が生まれる」

「ウソでしょー?」

 ウタカタは口をあんぐりと開けた。

「ウソではない。それに、ほら」

 爽は詠唱し、杖を使って『天枢(ドゥーベ)』を念じた。

 ウタカタの体の中が大きくなって映し出される。

 杖で指し示しながら、爽は解説した。

「たくさんの光と共に、開陽(ミザール)が体内に取り込まれている」

 ウタカタはヨロヨロと千鳥足になり、虹色の息を吐きながら、本殿の中でうずくまった。

「おえぇぇぇ…………吐くー…………」

「あんなに酔っているのは、もしかして」

 久遠は目を見開いた。

 爽は身を乗り出して、映像の中にいるウタカタの様子を観察した。

開陽(ミザール)まで飲んでいるからです」

「みざるぅー? なにそれー??」

 ウタカタは気持ち悪そうに口元を抑えながら、爽の問いに質問を返した。

「『光る魂』の核だ。白と黒の巨大な陰陽の龍に変化しながら回り出す。『気枯れの儀式』は奴らの力を抑えるためのものだが…………お前はあれも食べてしまったのか?」

 おえぇぇぇ…………。

 あと数秒で吐きそうになっているウタカタは、爽の問いに答える事が出来なかった。







 ────ガンッ!!

 大地は何かに、頭を強打した。

「いてっ!!」

 夜の闇が広がっており、燦然と星々が輝いている。

 風の音と、虫の声が聞こえてくる。

 天空から地上まで下りている、七色に輝く大きな橋の欄干に頭をぶつけたようだ。

「おわっ?! 泡の神!!」

 大地は慌てて橋から飛びのいた。

「…………」

 だが、橋はなぜか動かない。

「静かじゃの」

 布袋の中からクスコがひょこっと顔を出した。

「ああ」

 恐ろしい蛇に似た虹色の橋は、いつまで経っても変化しない。

 ふと見上げると、気枯れと化した結月の体が、横たわった状態で空中に浮かんでいる。

 クスコは空中にフワフワと浮かんでいる結月の体を、ふと見上げた。

「あの気枯れは、完成体ではないようじゃの」

「どういう事だ…………?」

「儀式では、本殿に入った直後に岩時の海水を清めた霊水を飲むのじゃ」

「てことは、結月はそれをまだ飲んでいないのか」

「手順を間違えたのであろう。おおかた『みそぎの儀式』をせぬまま、魂を喰われたのであろうな」

「…………」

 クスコは布袋から出ないまま、結月の体を見つめた。

「もっともっとあれが空っぽになってないと、あの『気枯れ』ごと高天原へは持ち込めないからのう」

「持ち込む? …………結月を」

「最強神に捧げるためじゃ。自分が生きるためにの」

「最悪だな…………」

 思いっきり飛ばされた場所だが、この場所には見覚えがある。

 大地の目の前に浮かぶ虹の橋の真ん中に、いきなり何かが姿を現した。

「遅くなりまして申し訳ございません」

 鳳凰の姿になった梅が、大地のすぐそばまで飛んできた。

「梅! 入れるようになったのか? ハトムギは?」

「無事です。今は本殿の外を警護しております」

「そうか。良かった…………」

 梅と一緒に戦えるようになった。

 これで、あいつをどうにかできるかも知れない。

 あの、酔っぱらい泡の神を。


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