桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

時の神の大親分

 梅との再会に大地がほっとしたのもつかの間、虹の橋はやがてゆらゆらと揺蕩うように、うごめき始めた。

 不気味な七つの蛇頭を持つ、あの(ドラゴン)だ。

 どうやらあの化け物は、一時的に力を止めていただけのようである。

あいつ(泡の神)の体内からは出られたみたいだけど、本体と直接戦うとなると……」

 想像を絶する戦いになりそうだ。

 再び緊張感に包まれた、その途端。


 ────シュンッ!!


 大地の手に握られていたはずの、天璇(メラク)の鉾が消えた。

「なんだ? 鉾はどこ行った?」

 役目を終えたという事だろうか。

 梅が大地の独り言に答えた。
 
「高天原で久遠様が、天璇(メラク)の術を解除されたようです」

「あ、そっか。だから梅がここに入って来れたんだな」

 本殿の中にかけられた天璇(メラク)の術の力が消えたという事は、大地の父である久遠の守りが、完全に消えたという事を意味する。

 どうやらまだ、久遠は人間世界に来れないようだ。

 術が解かれたところで、梅と同じくらいの強さを持つ霊獣以外、あの得体の知れない黒龍側の神々しか本殿に入って来れないという現状に、変わりはない。

 天璇(メラク)の鉾が無いと頼りない気分になってしまい、思わぬ喪失感に大地は戸惑った。

 今更だが、父親である久遠にずっと守られていただけだったという事実に気づいてしまい、大地は少しイライラを覚えてしまう。

 桃色のドラゴンに変身しながら彼は、悔しそうに呟いた。

「…………俺も早く、天璇(メラク)を覚えてぇ」

 鉾が無いとなると、クスコのみすまる(アリオト)の加護の他は、何の力もない。

 強い神々と戦える自信が、今は皆無だ。

 自分は非力過ぎるのだ。

 せめて一つでも、ちゃんとした戦い方を見つけないと。

「ワシが教えちゃる」

「ホントか?」

 目を輝かせた大地に、布袋の中からクスコはふふんと笑いかけた。

「馬鹿にするでないぞ。久遠に天璇(メラク)を教えたのはワシじゃ。じゃが今は、結月を救うのが先じゃろ」

「ああ。そうだな。…………ありがてぇ」

 希望が見えた。

 本当の意味で強くなりたい。

 その願いがもしかすると、叶うかも知れない。

 そんな事を考えていた矢先。

 あたりに突然、岩時神社の拝殿で鳴り響く、鈴の音が聞こえた。


『シャラン!』
『シャラン!』


 同時に音を立てて鳴り響く。
 

「時が巻き戻る音です」


 梅は鳳凰の姿で羽ばたきながら、今起こっている出来事を察知した。

「我々時刈(とがり)一族の長が、関わりを持たれたのかと思います」

「時が…………巻き戻った?」

 大地はあたりを観察した。

 何も変わったようには見えない。

(そう)の力じゃ。時の神の大親分か」

 クスコは呟いた。

「爽?」

 爽という神の存在も、どうやらクスコは知っているようだ。

 噂には聞いた事があったが、大地は爽と直接会ったことはなかった。

「人間世界の『時』を作り出した男じゃ。おそらくは最強神よりも、この世界について詳しいぞぇ」

「スズネより強いのか」

「もちろんです」

 梅の補足説明によれば、爽は人間に例えていうと『時の神たちが働く会社の社長』という感覚であり、スズネはそこの社員のようなもの、という事になるらしい。


 嗅覚が強くなり、甘過ぎる香りが急に鼻をくすぐる。


 大地がはるか遠くへ視線を向けると、赤く熟した実や花をつけた、数えきれないほどの桃の木が連なる場所が、かすかに見え始めた。

 そこに魂状態の結月が突然、姿を現した。

「結月!」

 大地と梅は、結月が見える方角に向かって勢いよく羽ばたいた。

 今まで動かなかった虹色の橋は、シャボン玉が連なる姿へと形を変えていった。

「やっほー! 光る魂さん!」

 ウタカタは楽しそうに、手を振りながら結月に挨拶をしている。

「……!!」

 少女に変身したウタカタを凝視し、結月は絶句している。

「あ。この姿、怖い?」

 シャボン玉が連なる蛇に似た姿から、ウタカタはパッと、美しくて奇妙な少女の姿へ変身した。

「これならどうー?」

「…………誰?」

 結月は、空をふわふわと飛んでいるウタカタに尋ねた。

 恐怖で声が震えてしまう。

「アタシ? ウタカタだよー」

 9歳くらいの少女の姿に変わったウタカタは、天真爛漫な様子で結月に笑いかけた。

 髪の色と目の色は、目まぐるしく七色に変化している。

 全力で飛びながら、大地は疑問を口にした。

「何だか、泡の神の様子がおかしい…………」


「……なぜ震えてるの? 虹は生き物。天と地の架け橋だよー?」


 結月に笑いかけているウタカタは、何だか気持ち悪そうである。


「何者?!」


 ウタカタは結月の問いに答えた。


「うーん…………ふふふぅ~…………みんなはアタシをー、『泡の神』って呼んでるー」


「……?!」
 

 遠くで結月と会話をするウタカタ。

 はじめは何を奇妙に感じるのか、どこがおかしいのか、大地にはピンとこなかった。

 だがようやく思い当たった。

 ウタカタの目の色や、体の色だ。

 七色の中に、黒と白が混じっている。

 何故だろう?

「あなた、とーっても絵がうまいね! 名前は?」

 七色に変化しながら輝いているウタカタの肌の色にも、所々に黒と白の斑点が増え始め、それらがぶくぶくと膨張し始めている。

「結月」

 鳥のように飛んで、ウタカタは結月の周りを旋回し始めた。

「結月。あなたの『光る魂』をちょうだい? だーいじに~、食べてあげる!」

 大地は疑問を口にした。

「魂を喰う前の会話なのか? それにしては…………」

開陽(ミザール)が、やつの体内に入っておるようじゃの」

開陽(ミザール)? ってあの」

 ウタと、カタの事だろうか。

「そういえばあいつら今、どうしてるんだ?」

「泡の神は、『光る魂』の真の力を持て余しちょるようじゃのぅ…………のほほ!」

 クスコは布袋の中で笑い出した。

 大地には、何がおかしいのかがわからない。

 右腕を高く掲げ、手首をクルクル回しながら、ウタカタは持っている絵筆を振った。

 ヨロヨロしており、動きがおかしい。

 ウタカタは酔っぱらっており、気分が大変悪そうな様子である。

「うー…………オエオエ~…………なんか気持ち悪ぅ~…………」

 彼女が持つ絵筆から光が飛び出し、分厚いリボンへと変わった。

 リボンは七色に変化した後、黒と白にも変わっていく。

 ぐるぐるー。

 ぐるぐるー。

 そのリボンは包み込むように、蚕《かいこ》のような状態になるまで、結月の体を巻きつけた。

「何するの?!」

「食べちゃうぅ…………」

 ウタカタは気持ち悪そうな顔つきのまま、笑みを見せた。

「…………なんか…………食べられる気がしない…………?」

 結月を包み終えた蚕はシュルシュルと小さくなっていき、ウタカタの右手の中にすっぽりとおさまった。

「…………オエオエ…………」

 リボンでぐるぐる巻きにされた結月は、気を失いかけている。

「た……すけ……て」

 蚕の中で弱々しく訴える結月に、ウタカタは言った。

「ははは~…………助けなんて来ないよ~…………………」


 ────タスケナンテコナイヨ?


 ウタカタは口を開けた。


「さ…………いっただっきま」
「待て!」

 大地が叫んだ。


 やっと追いついた!!


 ウタカタは目を大きく見開き、声の主を探そうと、きょろきょろあたりを見回した。


「ダレの声? おえぇぇぇ…………アタマ振るだけで、いたいいたいぃー」


 ゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 桃の木が立ち並ぶちょうど真ん中の空間が大きくゆがみ、世界を揺らすような轟音が鳴り響く。

 ウタカタの視界に、桃色のドラゴンと黄金の鳳凰が、突然姿を現した。

 大地と梅だ。

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