桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

震撼

 次々と襲い来るあり得ない事実に、大地は対応できずにいた。

「ついに反転できた! あの狭い部屋から出られたぞ! 僕はやっと、自由を手に入れられたんだ!」

「クスコ…………?」

 少年に向かって大地がぼそりと声をかけた。

 今までいたクスコは一体、どこへ行ってしまったのだろう?

「確かに今は、僕がクスコだ!」

 目の前に現れた少年は、興奮しながら叫んでいる。

「だがその呼び方は大嫌いなんだ。僕の事はミナトと呼べ」

 大嫌いか大好きか。

 深名斗は何でも、ゼロか百のどちらかに決めつけるのが好きだった。

 おそらくこの少年が最強神・深名斗(ミナト)だ。

 今までクスコとして大地の側で見守ってくれていた深名孤(ミナコ)の、反転の存在(クスコ)だと、今まで聞いた内容を思い出した大地には、予想がつく。

 だがどうやら今回の反転については、偶然の産物であるように感じる。

 目の前にいる深名斗も、今まで助けてくれていた深名孤も、この状況を直前まで予測できなかったうえ、起こった現象に大変驚いているからだ。

 どうして反転したのであろう。

『すまぬのう、大地よ。反転の時が来たようじゃ』

 こう深名孤は言っていた。

 今まで彼女がいた場所には、歓喜に震えた少年が立っている。

 梅とカナメは後ずさりしながら、さっと跪いた。

 少年は踊り出しそうなくらい興奮しながら、ワクワクした様子で万歳をしている。

「ここは人間の世界か。あの窮屈な高天原では無いのか! わはははっ! 人間の世界など、ゴミと一緒に捨ててしまおうかと思っていたが、捨てなくて良かったというわけだな! この目で螺旋城(ゼルシェイ)に埋めたあの美しい花を、掘り起こして確認しなくては。久しぶりに胸が躍る!」

「お前は本当に最強神・深名斗(ミナト)、なのか……?」

 やっとの思いで大地の口から出たのは、この疑問だけだった。

 目の前に立つ美貌の少年は、興奮しながら氷のような視線を大地達に向けている。

「知っているのか。僕が最強神である事を」

 やはり、こいつが深名斗。

 この少年が、黒の側の最強神。

 クスコの反転?

 梅とカナメは厳かな様子で跪く姿勢を崩さず、少年を直接見ないようにしている。

「何でお前ら跪いてんだ」

 こんな奴に。

 大地はカナメと梅に尋ねた。

 だが震えている二体は、大地の問いに答えない。

 大体想像はつく。

 最強神に対する、畏怖の念。

 その気持ちを抱くか抱かないかにより、生き様は大きく変わる。

 自分はこの少年に、出会い頭に跪いたりはしたくない、と大地は思う。

 たとえ最強神であっても。

 そんな事をする理由が、今はどこにも見当たらないからだ。

 ……それにしても若過ぎないか?

 どうしてババアの反対なのに、ジジイじゃないんだ?

 大地は驚き過ぎたことにより、考えるべき優先順位が完全に逆転している。

「てかクスコどこ行った?」

「多分、最強神の部屋だよ。今まではそうだった」

 深名斗が答える。

 長剣で心臓を深々と突き刺すように、わざと不愉快な気分を煽るような声色。

 嫌悪と侮蔑がこもった少年の物言いが、あらゆる生き物の心と体をざわつかせる。

 共に過ごした深名孤(クスコ)が醸し出す雰囲気とは、あまりにも真逆だと大地は思う。

 この少年は誰かにショックを与えはするだろうが、決して安心感を与えたりはしないだろう。

 カナメと紺野、そして梅は言葉が出ない様子である。

 最強神・深名斗(ミナト)ははじめて大地に注目し、流麗な口調でこう聞いた。

「お前、久遠によく似ているが……」

「息子だ」

「そうか、なら僕がお前に会ったのはこれで三度目だな。名は何という」

「大地だ」

 深名斗は「ほう!」と声を上げ、腕組みをしながら大地をしげしげと観察した。

「三度も会ってんならいい加減、名前くらい覚えたらどうなんだ」

 このバカが。と言いそうになったが、寸前でやめた。

 どうしてこの少年に対して、これほど気分が悪くなってしまうのか、大地には今一つ良くわからない。

 会ったばかりだというのに、息の根を止めてしまいたくなるくらい、腹が立つ。

 失礼極まりない言動にも関わらず、深名斗は全く怒らなかった。

 それどころか愉快そうに、けたけたと笑い出す。

「ははははは! お前は面白いな、大地。ちょうど会いたいと思っていたんだ! そうだ、僕に黒玉衡(クスアリオト)を教えろ」

「はぁ? やなこった」

「では揺光(アルカイド)は? お前はあれを使えるのでは無いのか?」

「使えるわけねぇだろ! アホかお前は」

「アホでは無い。僕はあれを見たのだ。お前が使っていないと言うのなら、誰が使ったというのだ」

「知らねぇよ!」

 カナメはこの会話に呆れつつ、注意しながらタイミングを見計らって、透明な扉に施された黄金の装飾部分にそっと触れた。

 実体が復活し、扉は使えるようになっている。

 大地が深名斗の注意を引いている今が、最大のチャンスだ。
 
 紺野の魂を黒龍神に食われてしまう前に、早く神社へ連れて戻らなければ。

 小さなドゥーベは緊張した面持ちのカナメと目が合い、さらに梅を見た。

 梅はドゥーベに向かって静かに、深名斗に気づかれないよう首を横に振った。

『私は大地と共にいます。どうか、紺野さんをよろしくお願いいたします』

 梅の想いがドゥーベに伝わり、妖精は頷くと杖を一振りした。

 薄くて透明なオーロラのような幕でドゥーベは彼らを隠すと、カナメと紺野を透明な扉の向こうへ行くよう指示を出した。

 そして彼女自身も、扉の向こう側へと姿を消す。

 扉はピタリと閉まり、紺野は無事に元の世界へと戻って行った。

 そして透明な扉は再び、その実態がおぼろになってゆく…………


 その時、不思議な現象が起きた。


 ドゥーベが映し出した世界の様子は、薄っすらとまだ壁面に展開されている。

 その映像の中で岩時城の天守閣付近を、螺旋城が勢いよくガサゴソと蠢いている。

 まるで大ムカデと巨大蜘蛛をかけ合わせたような姿で、岩時城の周りにある生き物や建物を次々と、飲み込んでいくのである。

「懐かしいな~、螺旋城か」

 深名斗は呑気な様子で、目を輝かせながらこの光景を見つめている。

 ずっと小さな部屋に入れられていたので、目に映るもの全てが目新しいのだ。

「大地。早くあの中へ入らないと…………」

 中にいる律の身が危険である。

 梅は小声でそう大地に伝えたが、その言葉はしっかりと深名斗の耳に入った。

「入るのか? ならば僕も行こう。自分が埋めた魂の花をこの目で見てみたい」

「はぁ?」

 大地は、この自己中心的な深名斗少年の言動に呆れ、思わずツッコミを入れた。

「お前が一緒に来てどうすんだよ!」

「邪魔はしない。僕には今、全く力が無いのだ。安心せよ、大地」

 なに威張ってんだ!

 力が無いなら一層、役立たずじゃねぇか!

 口ばっかり出しゃばって、人の神経を逆なでするつもりか!

「この世界はおかしな具合に歪んでおり、規則正しく動きはしない。時間なども同じだ。簡単にひっくり返るのだぞ。お前は最強神である僕の知識が欲しく無いか」

 二体の最強神は魂の花を螺旋城に埋めたうえ、反転の力を行使したことによってさらに弱体化し、その正体を過去に無いくらい危うくしている。

 扉工房の中に現れた、艶やかな黒髪を揺らす美しい深名斗少年も、深名孤と同じかそれ以上に弱体化していた。

 反転は、両者が望んだことがうっすらと合致したタイミングにだけ偶然訪れる、きわめて稀な現象のようで、いつ力が元に戻るかわからない。

 その瞳だけは爛爛と輝いているのだが。

 何か言い返してやろうと大地が口を開きかけた瞬間、さらに恐ろしい出来事が起こった。

 さくらが捕らえられているはずの羽衣の城に、異変が起きたのである。

 その乳白色の城は美しい白鳥の姿へと変わり、大きな翼をはためかせ、勢いよく上空へと羽ばたいた。

 そして羽衣の城は一瞬キラッと光ったのち、サッと姿を消してしまった。

 ゴーン…………!

 ゴーン…………!

 鐘の音が聞こえる。

「ねぇ、こっちに来るみたいだ」

「…………何が?」

「螺旋城」

 深名斗の言い方があまりにも冷静なので、質問で返した大地が衝撃を受けるまでに、しばらく時間がかかってしまう。

「…………う、わああああっ!!!」

 喉が枯れるくらいの大声で、大地は叫んだ。

 ありえない光景が、目に飛び込んてきたからである。

 螺旋城が猛スピードで突進してくる。


 扉工房を食いたいがために。
< 76 / 160 >

この作品をシェア

pagetop