漣響は強くない ~俺様幼馴染みと忘れられた約束~



 「私………見えなくなってきた………」
 「え………」
 「昔話したでしょ?目が見えなくなるかもって。あれの進行が早いの………薬で抑えてたはずなのに、少し見えない部分が広がってきたの………」
 「…………そんな…………」


 幼い頃交わした約束。
 夕暮れ時に彼女の変わりに強くなろうと誓ったあの日。千絃は忘れるはずもなかった。
 
 響は、小さい頃に目が見えなくなる可能性があると言われていた。片目だけだったが、ある場所が欠けて見えていたらしい。けれど、ほとんどが見えていたので、生活に支障はなかった。けれど、その部分が増えれば剣道は危険だから辞めなければいけないと言われたのだ。
 幼い響にとってショックは大きく、不安や悲しみが溢れだした。剣道が出来なくなる、今見ている世界を見れなくなる。そんな未来が怖くてしかたがなかったのだ。
 親の前では強がっていた響だったが、千絃の前では泣いたのだ。怖い。剣道を止めたくない。悔しい、と。

 だから約束したのだ。
 もし響が剣道が出来なくなっても自分が日本一になる。その舞台に連れていくと約束したのだ。誰よりも強くなって見せる、と。



 「覚悟はできてたはずなの。……だけど、少しずつ見えなくなるのは辛くて………あと、数年かもしれないって言われたの………お医者さんに。ねぇ………私、剣道やめたくないよ……!やっぱり諦めきれない……真っ暗な世界になんか行きたくないの………怖いよ………千絃………助けて………っっ」


 響は涙をボロボロと流し、叫ぶように千絃に心の悲鳴をぶつけた。
 彼女の涙や顔、そして気持ちを目の当たりにすると千絃も目の奥が熱くなってくる。
 千絃は咄嗟に響を抱き寄せた。強く強く抱き寄せて。あやすように「大丈夫だから………俺が強くなる………から」と、震える声で響の頭を撫でながら、そう言い続けた。


 彼女の嗚咽混じりの声と涙が溢れる冷たさと、あの時の熱い彼女の体温。
 千絃はそれらを忘れる事など出来なかった。




 そして、この時は絶対に約束を守ろうと思っていた。誰よりも強くなって、彼女が見えるまでに全国の舞台で大きなトロフィーを掲げて響を笑顔にしよう。
 そう固く決意したはずだった。



 けれど、それも叶わなくなったのだ。



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