何度忘れても、きみの春はここにある。
 私は気まずさに耐えきれず、ずっと下を俯いていた。
 深緑色のセーターを着た小山先生は、人がいない教室は寒いな、と言ってストーブをつけてくれた。
 先生は、私が白紙で出した進路希望調査表を机の上に置きながら、私の顔をじっと見つめている。
「……昨日、桜木のお母さんから電話があったんだ。桜木がどんな進路を希望しているのか知りたいと」
「え……?」
「親にも何も話してないのか? お母さん、悩んでたぞ。学校のこと、何も共有してくれないって」
 小山先生は本当に心配そうに話してくれたが、私の胸はザワついていた。
 母親は、昔から私のことを細かく把握したがる。普段仕事で普段忙しい分、知らないことが多いと不安なのだろう。
 昨日、偶然カフェで出会った中学のときのクラスメイトが言ったとおり、母親は少し過保護なところがある。
 ……そんなふうにさせてしまったのは、自分がイジメに遭ったせいなのだけれど。
「……最近、瀬名と仲がいいのか?」
「え……」
 急な質問にドキッとして、私は思わずパッと顔を上げてしまった。
「この前、一緒に帰るところ見えたから。桜木が誰かといるの珍しいと思ってな。もしかして、イジメられたりしてないよな?」
「ち、違います」
 珍しく私が強く否定したので、小山先生は一瞬驚いていた。
 私は再び俯いて、声を荒げてしまったことを恥ずかしく思った。
「ならいいけど……、まあ、アイツももうすぐ卒業だからな。クラス内でもそろそろ話し相手できるといいけどな」
 ……そうか。瀬名先輩も、もうすぐ卒業するんだ。
 当たり前のことなのに、この時間がいつまでも続くような気がしていた。
 おかしな話だ。最初は、あの秘密のノートを返してもらいたいがために始まったやりとりなのに、今はもうそんなことがどうでもよくなっている。
 瀬名先輩と経験したことすべてが、自分にとってはじめてのことばかりで、思い出がどんどん増えている。
 最初は変化が怖かったし、派手な人に絡まれることもあったけど、間違いなく私の毎日の色が変わった。
 瀬名先輩が卒業したら……またあの、雪が降る前の空のように、薄暗い毎日に戻るのだろうか。
 そう思うと、チクッと胸の一か所が痛んだ。
 何も起きない毎日を、心から望んでいたはずなのに。
 ぼんやりしていると、小山先生が「こら」と言ってパンと目の前で手を叩いた。
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