何度忘れても、きみの春はここにある。
「とにかく、今週中には出すように。仮でいいから」
「はい……」
「これ以上、親を心配させるなよ」
 そう言って、小山先生はストーブを消して私より先に部屋を出ていった。
 次の授業まで間もないので、重い気持ちのまま私もスッと席を立ちあがる。
 二限目は選択授業なので、他クラスの子とも合同だ。
 教室は三階にあって遠いので、急がなくてはならない。
 私は授業道具をまとめて、慌てて階段を駆け上がった。
 三年生がいる階なので、瀬名先輩と偶然すれ違ったりしないかソワソワしながら、私は廊下を駆け抜けた。
 しかしその日は、瀬名先輩からメッセージがくることすら無かったんだ。

 皆が部活や塾に向かう中で、ひとりまっすぐ家に帰る。
 それは今までの日常だったのに、どうしてこんなに胸の中がすかすかするんだろう。
 自転車にまたがって、漕ぎだす前にふと校舎を振り返ると、遠くに瀬名先輩の姿を見つけた。
 私はすぐにその場を去ろうとしたが、こんなに距離があるにもかかわらずバチッと目が合ってしまった。
 ……しかし、瀬名先輩はいっさい私に反応することなく、同級生と話している。
 目が合った気がしたのは、気のせいだったのかな……?
 また、胸がチクッと痛んで、私は心臓付近を押さえた。
 なぜか自転車が漕ぎ出せなくて、その場に固まる私。
 すると、背後からチリンという音とともに「座敷童ちゃん、危ないよそこ」という声が聞こえた。
 振り返るとそこには、同じように自転車にまたがった村主さんがいた。
 今日は茶色い髪の毛をくるくるとお姫様みたいに巻いている。
「村主さん……、ごめん、今どくね」
「今からデートだから急いでんだけど。……ていうか、何、心臓押さえて。動悸?」
「動悸なのかな、そうなのかも……」
「今日は瀬名先輩と放課後遊ばないの?」
「うん……、とくにメッセージなくて」
「えー? 本当気まぐれだなー、あの人。……あれっ、ていうかあそこにいんじゃん」
 彼女が指さした方向には、友人と一緒に、校門まで自転車を運んでくる瀬名先輩がいる。
 村主さんは大きな声で「瀬名先輩ー」と呼んで、ぶんぶんと手を振った。
 呼ばれたことに気づいた瀬名先輩は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
 ドクンドクン、と心臓が早鐘のように鳴り響いて、頭の中に昨日キスされた映像が浮かんでくる。
< 65 / 135 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop