幸せにしたいのは君だけ
念押しのように言って、彼は私の横をすっと通り過ぎる。

その瞬間、ふわりと私の首元が温もりに包まれた。


「……そんな恰好じゃ風邪をひく」


後先考えず会社を飛び出してきた私は、制服姿だ。

上着もなにも羽織っていない。

首元にかけられたのは彼が巻いていた濃紺のマフラー。

ふわりと香る、今では大好きになってしまった切ない香り。


「早く戻れよ」


そう言って彼は踵を返す。


……ああ、もう、どうして。

怒っているくせに。

納得していないくせに。

それなのになんで優しくするの。

心配するの。


胸の奥から込み上げてくるのは、苦くて熱くて痛い気持ち。

視界がじわりと滲む。


コートの中から一瞬ちらりと見えた首元。

そこには私が贈ったネクタイがあった。

それをどう捉えていいのかわからない。


自身の胸元に無意識に手を伸ばす。

制服の下につけたネックレスが微かに指に触れる。

その冷たさにこれは現実なのだと思い知らされる。

距離を置こうと思っていても、これを外す覚悟はもてず、毎日服の下につけていた。


情けなくて胸がいっぱいで思わずマフラーの中に顔をうずめた。
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