幸せにしたいのは君だけ
「まあ、どっちでもいいんだけど。どのみち逃がさないから」


物騒な言葉にギクリと身体が強張る。

およそ甘い雰囲気とは言えない私たちのすぐ横を、幾人かの社員が通り過ぎていく。


「ねえ、見て! 佐久間さんよ」

「相変わらずカッコいいわね」

「あら、あの人って確か受付にいた……」


チラチラと無遠慮な視線を投げかけられる。

やはりこの人は立っているだけで、周囲の視線を惹きつける。


「……ここじゃ目立つから、行こう」


そう言って、当たり前のように指を絡めてくる。

その仕草に周りからは小さな悲鳴が漏れ聞こえてくるが、彼はお構いなしに歩き出す。

こんな状況を周囲に見られてしまって、困らないのだろうか。

友達以上の関係だと公言しているようなものなのに。


「あ、あの、圭太さん!」

「なんでマフラーを使わないんだ?」


私の声にかぶせるようにして、尋ねてくる。

絡められた指に力が込められる。

月明かりが整った容貌を照らす。


「俺のものは気に入らない?」

「違う、そうじゃなくて……勝手に自分のものみたいに扱うのは失礼かと思ったから……」

「なんで失礼なんだ? 佳奈は俺の恋人だろ? ほかの誰でもない佳奈だけが、俺を自由に振り回せるのに」


――どういう意味?


私を見つめて話すその目が、どこか悲しそうに翳っていた。

でもその問いを口にする前に圭太さんは通りに出て、すぐタクシーを拾う。

運転手と少し言葉を交わした彼に、乗車を促された。


「どこに行くの?」

「ゆっくり話ができる場所」


それだけ言って、彼は口を閉じてしまう。

それ以上聞き出せるような雰囲気ではなく、そっと視線を外に向ける。

流れていく景色が目に悲しく映った。
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