幸せにしたいのは君だけ
タクシーが停まった場所は九重グループの系列ホテルだった。


「実家でもよかったけど、時間がかかるから」


端的に口にして、降りるように言われた。

絡められた指はタクシー内も今も、ずっとそのままだった。

伝わってくる体温はとても温かいのに、私の指先はとても冷たい。


広いロビーを迷いもせず歩き出した彼の隣を、黙って歩く。

どうしてわざわざこのホテルを選んだんだろう。


都心にあるこのシティホテルは人気が高く、予約が取りにくいとよく耳にする。

緑豊かな公園のそばにあり、施設内はサービスが行き届いていて、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「……部屋に連れこんだりしないから」


小さく囁かれて、反射的に隣の彼を見上げた。

その目はやはり、悲しそうに見えた。


「そんな心配、してない」

「なんで?」


少しムッとしたように聞き返されて、たじろぐ。


なぜそんな反応をするの? 

私、なにか間違えた?


「だって……話をするって……」

「……変なところは疑い深いのに、肝心なところで佳奈は無防備だな。もう少し警戒心をもつべきじゃないか?」

「圭太さんにも?」

「もちろん。俺が一番危険」


冗談とも本気ともつかない言い方。

なのになぜか楽しそうで。

ニッと口角を上げるその表情は私の大好きなもの。

こんな状況でも私はこの人に惹かれて仕方がない。
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