幸せにしたいのは君だけ
佐久間さんがここを訪れる時は、いつも澪さんとしか会話していなかった。

ううん、澪さん以外の人を視界に入れているようには見えなかった。


私は、というと澪さんが不在時に形式的な対応をした記憶しかない。

私なんて大事な幼馴染みの後輩、ただそれだけの、名前を覚えるほどもない存在のはず。


「……こんばんは……」


“お世話になっております”“お久しぶりです”など、ほかに言うべき言葉は幾つもあったはずなのに、結局口にできたのは無難な挨拶のみだった。

緊張で引きつりそうになる頬を、必死で綻ばせる。



――嫌な予感ほど当たるとは、よくいったものだ。



「昨日は具合が悪かったんですか?」

「えっ……」

「昨日、隣の席にいらっしゃいましたよね?」


質問ではなく、確認のような言い方に顔から血の気がひく。


「あ、いえ、人違いでは……」

「そうですか? では澪に帰社したら聞いてみます」

「……私です」


その言い方は卑怯だ。

澪さんには予約日時はもちろん、千埜と来店する旨を数日前に話したところだ。


「具合が悪かったんですか? 大丈夫ですか?」


同じ内容の質問を繰り返す。

にこりと口元が柔らかな弧を描く。

ウソをついた点を責めてこないあたりが怖い。


「……おかげさまで」
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