幸せにしたいのは君だけ
「気持ちはわかるけど、業務中だから。すべてのお客様に失礼のない対応をするのが、私たちの仕事でしょう。第一印象を悪くして他部署に迷惑をかけてしまったら、どうするの」

「それはそうですけど……」


長いまつ毛を瞬かせて、後輩が返事をする。


「お世話になっております。九重の佐久間と申します」


後輩に視線を向けている私のすぐそば。

突如響いた低く、少しかすれ気味の声。



九重、の佐久間……? 



途端に心音が頭の中で大きく響く。


「お世話になっております」


何事もなかったかのように、早苗ちゃんは可愛らしい声で冷静に応対している。

その切り替えの早さには脱帽する。

後輩は滑らかな動作で受話器を取り上げ、来訪先に連絡をとっている。


早苗ちゃんの一連の仕草を見つめながら、ゆっくり正面に向き直る。

ごく普通の動作なのに、なぜかとても緊張してしまう。


イケメン。

九重の佐久間。

……心地よい低い声。

――あてはまる人物はひとりしかいない。


「こんばんは、三浦(みうら)さん」


名字を呼ばれて、息を呑んだ。

必死で平静さを取り繕う。


……まさか、私の名前を覚えているなんて。
 
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