策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「私、エスカレーターから落ちて、頭を打って……。精密検査のために入院してただけなのに、どうして産婦人科でもフォローを?」


困惑しながら訊ねる私に、女医さんも眉根を寄せる。


「その事故で、流産されたからです」

「……え」


一拍置いて聞き返すと同時に、心臓がドクッと沸いた。
絶句する私を見て、女医さんは電子カルテを古いものに遡って確認している。
そして、私の『逆行性健忘』を確認したのか、鼻根を指で押しながら、「あ~……」と声を漏らした。


「申し訳ありません。黒沢さんは、記憶を……」


たった今の衝撃的な言葉は、完全な失言だったようだ。
私にそう謝罪してくれるけれど。


「ど、どういうことですか」


私は、彼女の両腕に縋って、説明を求めた。


「流産って。私、妊娠していたんですか!?」


声を振り絞って縋りつくと、女医さんは苦い顔をしたまま、小さな息を吐いた。


「黒沢さんは、頭を打って意識を失った状態でこの病院に搬送されました。目で見てわかる外傷はなく、脳神経内科で脳波を確認するだけでよかった。でも、付き添いの男性の言葉を受けて、産婦人科でも診察をしました」


私は、眦が裂けんばかりに目を見開いた。


「お腹の赤ちゃんは、二ヵ月でした」


神妙な顔をして告げる女医さんの前で、私は言葉を失ったまま、ひゅっと音を鳴らして息をのんだ。
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