策士な御曹司は真摯に愛を乞う
新たに刻まれる恋心
それから十分後――。


「この度、鏑木副社長補佐の任を拝命いたしました。黒沢美雨と申します。若輩ですが、精いっぱい務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」


今日から鏑木さんの執務室として使用される役員応接室で、私は執務机を挟んで彼の前に立ち、無駄に丁寧な口上を述べた。
深々と腰を折って頭を下げた私が、再び背を起こして姿勢を正すまで、鏑木さんは無言で見上げていて、


「『よろしく』ってわりに、顔が不機嫌だね」


やや苦笑混じりに、口角を上げてからかってきた。
私はムッと唇を尖らせ、意味もなく胸を反らす。


「鏑木さんが、あまりに横暴なので」


周りに誰かいたら、とてもこんな刺々しいことを言えないけど、今、私は彼と二人。
しかも、役員フロアの執務室や応接室は、どこも完璧な防音室だ。
たとえ声を荒らげても、ドアの向こうに漏れる心配は、まったくもってない。


私の返しに、鏑木さんは愉快気に肩を揺らした。


「記憶を失う前と後。参ったな、君は別人みたいだ」

「なにを仰りたいんですか」

「俺に対する不満や憤りといった負の感情を併せ持ち、憚らずにぶつけてくる。今の君は前よりエモーショナルで、魅力的だってこと」

「!」
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