快晴日和
後編
「なんで今日はメガネなの?俺は…いつものが好きだけどな。」
俺、確かにそう言ったよな?
毎朝7時35分。
玄関を出て、エレベータが来るのを待つ。
開いた扉の中には彼女が1人。
「おはよう。」
「おはよう。」
…今日もメガネかよ。
彼女の名前は西原結衣。
同じマンションに住む幼馴染み。
と言っても親同士の仲がいいってだけで、俺たちは一度もちゃんと話したことなんてなかったし、同じ学校になったことだってない。
あいさつだけを交わすの関係。
でも、俺は知っている。
結衣がうちに持って来てくれる手作りのチーズケーキがすごくうまいことも、俺の帰りが遅い日は、うちの弟たちと遊んでくれていることも、…彼女がたぶん俺を好きだということも。
…また、こっちを見てる。
目線を少し上にあげれば鏡が見える。
そこに反射して映る斜め後ろの彼女の姿。
メガネは…、したままだ。
俺の勘違いだったのか?
思い切って声をかけてみたんだけど。
っつーか、結衣が俺のことをただの隣人ってくらいにしか考えていなかったとしたら、俺の行動ってかなり痛くない?
頭撫でて、自分の好みとか言っちゃって。
やべー。痛いよ、俺。
手で口を抑えて、思案に更ける。
「…マンマルメガネ。」
「え?」
彼女の口から発せられたと思われる謎の言葉に思わず振り向く。
驚きの表情を浮かべる結衣。
「…あ、いや。」
そんなに動揺されると俺も戸惑ってしまう。
一瞬、気まずい空気が流れて、
「あっ、あの!!」
急に、彼女の瞳が真剣なものへと変わった。
「なに?」
俺も息を飲む。
紅潮した頬。
震える口唇。
彼女から目が逸らせない。
「…え…えっと。」
まさか…
このタイミングで…
告…
「…い…いい天気だね!今日。」
…………はぁ?
「…そ…そうだな。」
なんなんだ、一体。
告白じゃないのかよ!
紛らわしい態度とんなよ!!
「は、晴れると、気持ちも明るくなるよね。」
顔、真っ赤じゃねーか。
ったく、どっちなんだ。
頼むから俺の心を揺さぶらないでくれよ。
「まいったなー。」
「え?」
溜め息が出る。
俺の方が、本気でハマっちゃいそう。
「なぁ、メガネ外してくんね?…結衣の素顔が見たい。」
「へ?」
結衣のメガネを外して、真っ赤に染まった頬に触れる。
だから、その顔がやばいんだって。
俺の鼓動は高まる一方。
「俺、お前に本気になってもいい?」
到着音が響いたエレベータの中、彼女の耳元にそっと息を吹きかけるように、俺はそう囁いた。