俺様専務に目をつけられました。

16.

三月八日。
最近少し仕事が忙しくなった。私も受けた新人研修の資料作成を人事部の助っ人でこなしながら自分の本来の仕事もしなくてはいけないので毎日二時間ほど残業する日が続いていた。
今日も残業で会社を出るのが七時過ぎになってしまった。週末という事もあってか街中の人通りは多い。『はー、今日の夕飯何かなー。お腹空いた。』と思いながら駅までの道を足早に歩いているとスーッと私の横に車が停まった。

「享くん!」

思わず名前で呼んでしまって口を押えた。何処かの帰りなのか、今から行くのか、自家用車ではなく社用車で運転席には高杉さんが座っていた。

「晴香、乗って。」

「えっ、でも。」

私用車なら迷わずに乗るが、これは社用車・・・。
車から降りてきた専務はためらう私を押し込めるように乗せた。

「圭吾、家まで頼む。」

「了解。」

高杉さんにプライベートバージョンで接しているから仕事はもう終わったのだろう。
『家に帰ろうと思ったら晴香が見えたから。』そのまま専務の家まで送られた。車の中でも手を離さない専務、玄関に入るなりいきなり抱きしめられキスをされた。いつもとは全く違う余裕のない、貪られるようなキスだった。

「んっ・・・、きょ、んっ。」

力いっぱい胸を押し返すが、私の腰と後頭部にまわされた専務の腕から全く離れられない。

「晴香・・・。」

ようやく唇が離れ名前を呼ばれたと思ったら体が浮いた。
専務に抱きかかえられ、次に降ろされたのは寝室のベッドの上。組み敷かれまたも貪るように私を抱いた。ようやく解放されたのは、もうすぐ日付も変わろうかという時刻だった。
ぐったりと動けずベッドで横になる私のもとへシャワーを浴び戻ってきた専務、『晴香、ごめん』それだけ言って優しく私の額にキスをしペットボトルを渡された。

「お腹すいたな。今、軽く食べられるもの頼んだから行けるようならシャワーしといで。」

そう言い寝室から出て行った。何に対しての『ごめん』なの?
その日は聞く勇気もなく聞けなかった。昼前に目を覚ますと隣にもリビングにも専務の姿は無かった。

様子がとても変だった事、聞けなかったな・・・。
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