【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 と、何となく出会い頭からの呼び方が気になって、

「そのお兄さんっていうの、何だかむず痒い」

「どうして?」

「高三と大一なんて全然差もないし、何よりあんまり言われ慣れないから」

「じゃあ何て?」

「え、うーんそうだな…」

 人の名前の呼び方、あだ名なんて、呼ぶ側に一任されることだと思う。
 まさか本人に任されることになるとは。

「いや、やっぱり呼びやすい呼び方で」

「何、それ。下の名前、何だっけ?」

「え? あぁ、真だよ。真実の真」

「あつつ…ふうん。じゃあまことで」

「呼び捨てなのね」

 別に構いはしないのだけれど。葵の中の目上目下タメ語敬語の分類は、どんな境界線をしているのだろうと気になってしまった。
 それに、口いっぱいに物を詰めたまま言われても。

 歳が上であるからの「お兄さん」呼びではない可能性もあるわけか。
 遥さんの言う通りマイペースと言うかなんと言うか。自由な女の子だ。
 なぜか呼び捨てでの呼称が決定したところで、葵は肉まんを食べ終えた。満足そうに頬を緩める様子はどこか猫っぽい。

「と、見えて来た。あれが僕と君のお兄さんが通っている大学だ」
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