【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「この頃はまだ発症してちょっとだったから、話せてた。療養してろって心配する母親に無理を言ったのも、近い将来で会えなくなることが分かってたからなんだって」

「出来るだけ葵たちと思い出を作ろうって……そう思ってたのかな…?」

「本人に確認は出来ないから分からないけど、多分そう。自分より他人って人だったから」

 と、そこで今までの半分くらいの量で一口。
 少し噛んで喉に送って、

「早く、日曜にならないかな」

 とても切なそうに呟いた。
 僕は、ただ寿命で逝ってしまったのだと思っていた。亡くなった祖父との思い出を辿る、簡単な仕事なのだと。

 どこかで、楽観視していた。
 これまで葵が話さなかったというのもあるが、それを無しにしても、誰かの思い出に触れるような仕事なのだ。

 簡単な筈、あるわけない。

 僕は随分と馬鹿だったようだ。
 こんな事情を知っていれば、いや聞いていれば、あるいはもっとちゃんと真剣に、何かしようと策を労した筈だ。

 たられば、なんていくらでも言える。けれど、納得できない。
 葵にとってこれは、それほど重い意味があるのだから。

「――ごめん」
< 53 / 98 >

この作品をシェア

pagetop