【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
終章
 申告した一時間を優に越えても起きない葵を抱えて車に乗り込み、キャンプ場に戻ったのは十九時。
 辺りは暗く、これから外で夕食の準備をするのもあれだな、と考えている僕の傍らでは、さっさと車内で準備を始める紗織さんの姿。

 キャンピングカーにはまさかまさかの、簡易キッチンが設けられていたのだ。
 姉妹が手伝って野菜を切り分け、すぐに夕食は完成した。
 コンロに火を点けそれらと肉を焼き、上がったものは中央の机へ。

 しかしここでは椅子も足らないのではないか――といった疑問も、運転席及び助手席が百八十度回転する仕掛けによって解決され、何名かは外に備え付けの雨どい下で椅子を広げ、何の不自由もなく夕餉を終えた。

 翌日の帰りの車内では、ぐっすりな葵を置いて、通潤橋で起こった出来事を話した。
 祖父に無事会えたこと、嬉しさからずっと泣きじゃくっていたこと――告白されたことは黙っておいた。
 それらを聞いた岸家の四人は、皆が一様に心底安心したような表情を浮かべていた。祖父の話を聞いて泣けるような姉妹に、懐の深すぎるその両親のことだ。それはきっと、紛れもない本心から来るものに違いない。

 そして何より、誰より、一番喜んだのは遥さんだった。
 僕の話を聞くなり、そうか、そうかと、呟きながら、溢れる涙をそのままに、ただ笑顔を浮かべていた。

 そんな遥さんの手は、隣から琴葉さんが握って離さず、良かったねと何度も口にしていた。
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