桐島藍子の記憶探訪 Act2.夏
 呼びかけられて我に返って、中ほどにいる桐島さんに並ぶ。

「さてと、ですよ。神前さんのおすすめというものは?」

「ありました。が、その前に確認です。予算は八万程度と仰いましたが、僕が提示するそれは七万と二千円弱です。大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません」

「了解です。ではこちらへ」

 と、隅っこ上段に置いてある、一つのデジカメを手に取った。
 某大手メーカーのEZレンズキット、ミラーレス一眼レフ。カラーはホワイト。
 全体的にバランスの良いタイプのモデルだが、これを勧める理由はいくつかある。

 第一の理由。それは、その圧倒的な軽さとサイズ感。本体、バッテリー、レンズと合わせても四百グラムとちょっと。女性が長時間持っていてもそうそう疲れない。大きさも、縦横それぞれ六センチに十一センチと手の平サイズであり、万一邪魔になってバッグに仕舞おうとも、場所を取らない。

 第二の理由としては、モニターがタッチパネルであるということ。少し良い物を買おうとすれば、自然一般的な一眼レフを手に取りがちだ。が、ただのレフともなれば、ピント合わせに手間がかかってしまう。それを含めカメラの魅力だと言われてしまえばそれまでだが、生業としていないような一般人には過ぎたる物。これはそれをタッチだけで合わせられ、かつレフとしての”ピントを合わせていない背景部分をぼかす”という機能を損なわない性能。
 加えてそれはバリアングル液晶となっているので、必ず覗き込んで撮る必要はない。少しの移動くらいなら腕だけ動かして、液晶を自分の方に向けてしまえば直感的な写真が撮れるということだ。

 といった理由からおすすめをするのだが――一気にしゃべって、少し引かせてしまっただろうか。
 先ほどからずっと、黙ったままだが。

 ちらと隣の桐島さんを見やる。
 その目は先より一層輝き、飛びつくようにカメラを持っていない方の僕の手を取った。

「カメラが欲しいと話しただけで、そこまで色々と考えてくれているとは思いませんでした! ありがとうございますね!」

「い、いや、言った通り趣味と言うか……思い出を形に残せるのが好きで、昔からよく祖母のカメラや雑誌で研究をと言いますか」

「なるほどです。一つ、神前さんのことが知れた気がして嬉しいです」

「それは良かっ――良かったのかな。まぁともあれ、おすすめするのはあくまで僕個人の意見ですけれど」

「いいえ、これにします。同じくらいの値段でも、一つ一つ違いがあるのは面白いところですね。そこまで熱弁されてしまっては、試してみないことには収まりません!」

 何が。
 興奮が?

 僕が「はぁ」と反応すると、それをノーとは受け取らなかったようで、さっさとそれと同じ商品を持ってレジの方へと走り去ってしまった。
 そう言えば葵は、と見渡した先にいたのは、イヤホン・ヘッドホンコーナーにいる姿。
 小走りで近寄って話を聞くことには、別に買うつもりはないけれど格好いいなと見ていただけらしい。

「音楽、聴くの?」

「たまにね。外では危ないから、イヤホンは必要ないの」

「なるほどね」

「まことは?」

「んー、僕も最近は頻繁ではないかな。気になった曲があれば聴くって程度だと思う」

「ふーん」

 素っ気なく言って、葵はまたイヤホンの数々に目を落とした。

 会話が途切れた辺りで、早くも会計を終えた桐島さんが帰還。
 助け舟だと言わんばかりの圧で、袋に入ったそれを見せびらかしてくる幼さ。

 歳上だけど、そういうところはやはり可愛い。

 と、桐島さんが「そういえばあの本ですけれど」と、記憶堂にて僕ら二人が取り合っていた本を指してある意見を出した。

「お二人で読めば解決では?」

 それは――それは、とても、

「「恥ずかしいから却下」」

 珍しくハモリを見せた僕らに、通潤橋で何があったか知らない桐島さんは疑問符を浮かべて固まった。
 それを横目に、ふと重なった視線を慌てて逸らす僕と葵。
 不意のそんな行動によって何かを察したらしい桐島さんは、薄っすら笑って「他の物も買って、早いところ帰りましょうか」と、余計な気を回して空気を読んだ一言を発した。
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